裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2020/08/05 05:59 「カッティング・エッジ」ジェフリー・ディーヴァー

 読み始める前に、登場人物の紹介ページで感無量になる、というのは結構珍しい経験だ。 

 J.ディーヴァー著リンカーン・ライムシリーズ第14作「カッティング・エッジ」の主な登場人物のページに 

”アメリア・サックス・・・ライムの妻 ニューヨーク市警刑事”とあるのを見た時は「おぉ、遂に。長かったー」と読む前からため息が漏れた。 

 面白いことにこの二人、相手の呼び方が一定ではない。「ライム」「サックス」の時もあれば「アメリア」「リンカーン」の時もある。どんな基準で分けているんだろう?今後読み続けていくうちに気付けるだろうか。 

 いきなりラストに近いシーンの話をするが、ライムがマシンガンを肩から下げ、ヘルメットを左手に持った妻の姿を「(緑色のドレスもあでやかだと思ったが)出動服も負けないくらい魅力的だ」と思うくだりがある。確かにお宅の奥さんは元モデルだから当然だけど、こんなのろけ方はねぇ。ライムでなければ「けっ」と思うかもしれない。 

 物語はダイヤモンド専門店で3人の男女が殺されるシーンから始まる。殺されたのは店の主であるディアマンテ―ル(ダイヤモンド加工職人)と顧客のカップル。そして怪我をしつつも、犯人と警察双方から逃げ続ける目撃者。なんなんだ、こいつは? 

 犯行の目的は店主が保管していた高価なダイヤ。犯人像としてはダイヤモンド市場の不条理に憤るイカれた奴かと思っていたら、真相は二転三転し、最後はまたもやあの男に到達する、という物凄い展開。前作のイタリアからホームグラウンドのNYに戻ったライムだが、前作で生じたAIS長官ダリル・マルブリーとの連携が新たな人脈として登場する。二段組400頁超。決してボリュームは軽くないが、テンポが良いのでサクサク読める。読むスキルが落ちる一方の身だが、それでも波に乗ったら4日で読み切った。

 

2020/08/01 14:46 「ブラック・スクリーム」ジェフリー・ディーヴァー

 前作「スティール・キス」でついに婚約したリンカーン・ライムとアメリア・サックス。シリーズ13作「ブラック・スクリーム」は不気味な拉致シーンと、ライムと介護人のトムがハネムーンの行き先について議論するシーンから始まる。 

 殺人未遂の容疑者が海を渡ってナポリで犯行を再開したと聞いたライムは、トムとアメリアを伴ってナポリへ乗り込み、お馴染みの無茶ぶりで事件の真相に迫るのだが、今回もまた、「うわぁ」などんでん返しが用意されている。 

 「チーム・カピターノ・ライム」の一番の目玉は何といってもナポリ森林警備隊のエルコレ・ベネッリ巡査だ。ライムと仕事が出来るのだから有能なのは間違いないが、この青年、人懐っこいことは別として、我々が「ナポリの男性」と聞いてまず想像する(ジローラモさんのような)伊達男ぶりが全くない。真面目で(法的機関の職員だから当たり前だ)純朴で謙虚で、趣味は鳩のレース。最初、彼の思考に時々イザベッラなる女性が登場して「はて、誰だっけ?」と思い「あ、ハトだった」と思い出しては苦笑していた。 

 圧巻だったのは、終盤でテロリストの通話記録を分析するシーンだ。 

 ライムたちは、爆弾テロを阻止するために、傍受した実行犯と首謀者の通話を分析して手掛かりを得ようとするのだが、それを担うのが件の「コンポーザー」。彼が聞き取った微かな背景の音の情報をもとに、ライム以下全員が知力を尽くして場所を特定していく。 

 結構深刻に考えてしまったのは、拉致誘拐犯「コンポーザー」と最後の爆弾テロのシーンの犯人像だ。 

 テロの実行犯の名前はここで明かさないが、その人は特に偏った政治的思想や強い信念をもってテロ行為に及んだわけではなく、犯行の動機は「脅されて仕方なく」というところが重い。これは犯行の経緯は別だが、連続拉致誘拐暴行事件の実行犯である「コンポーザー」ことステファン・マークについても同じことが当てはまる。 

 今話題の「静かなる侵略(サイレント・インベイジョン)」もこうやって進むんだな、とぼんやりと思った。 

 

 最後にライムのお出かけ履歴について。 

定期検診と手術のための入院の記述が数回。 

NY市内の現場へ出向いたのが一度。(「ボーン・コレクター」) 

アメリカ国内の移動が2度。(「エンプティ・チェア」とキャサリン・ダンスシリーズのどれか。) 

カリブへ一度。(「ゴースト・スナイパー」) 

そして本作ではイタリア、ナポリ。 

私の記憶ではこれぐらいしか思いつかない。確かに「究極の安楽椅子探偵そのもの」だが、コロナ禍の外出規制を別にしても、ここ数年遠出らしい遠出をしていない我が身を思い「意外に行動派かもな」とふと思った。

 

2020/07/29 06:14 「刑罰」F.V.シーラッハ

 段組みなし、213頁、12編の短編集という比較的低ボリュームにもかかわらず、F.V.シーラッハ「刑罰」は読み切るまでに実に時間がかかった。一つ一つの短編が重い。一つ結末に至るたび、みぞおちにドスッと来るものを感じ、時間をかけて気持ちを立て直しページをめくる、その繰り返し。 

 読み終わって表紙に戻り、再びページをめくるとキェルケゴールの言葉。 

「全てが鳴りをひそめているとき、たいていなにかが起きている」 

あぁ、たしかに何かが起きていたんだ、表に噴出してしまったんだ。そんな思いに暗澹となる。 

 終盤まで二転三転する「どんでん返し」がディーヴァーの真骨頂なら、「刑罰」の真骨頂は「奈落」だろうか。各短編のラストで明かされる真実に、ズドーンと突き落とされる感じ。読み手としては、本作は落とされた先が一段と深かった。 

 最後の「友人」で、著者の友人が妻の死について語る。 

「確かに私に罪はないかもしれない。だが、罰を受けるしかないんだ。」 

ところがそこに至るまでの11篇を読むうちに、 

「罪を犯したことは明らかなのに、刑法上有罪にできない。」 

「罪を犯したことは明らかだが、ではこの場合、罰せられるべきなのだろうか」 

「法律家の正義とは何だろう、そもそも刑法は正義に味方しているのだろうか?」 

この類の自問自答が頭の中を回り始めたら、あなたは危険な状態に陥っている。 

 現役の、そして高名な刑事事件弁護士も自問自答に堪えきれなくなったのだろうか。友の死をきっかけに彼は執筆活動を始める。自分の依頼人たちを回想し、 

「彼ら、彼女ら(依頼人)の孤独感と疎外感、そして自分自身について愕然としていたことを」思い出し、罪と罰と正義について読者に問いかける。 

 

「MIU(機動捜査隊)404」で「刑罰」に触れたので、急いで推敲。 

ディーヴァーの「ブラック・スクリーム」と「カッティング・エッジ」は諸々の理由により、長くペンディングの憂き目を見ている。文中でディーヴァーに言及しているのは、読んだ順番で下書きをしたことの名残りである。

 

2020/07/25 06:10 「メゾン・ド・ポリス4 殺人容疑の退職刑事」加藤実秋

 退職警察官専門のシェアハウス「メゾン・ド・ポリス」の住人と現役警察官牧野ひよりが事件解決に奮闘する人気シリーズの第4弾。 

 4作目の本作で、メゾン・ド・ポリスの雑用係夏目惣一郎が、子供の頃に交通事故で孤児となった経緯と親代わりとなった男性との関係、そして事故の真相にせまる。 

 夏目が山陰の小さな港町の出身だそうだが、この故郷の冬の空気感と言うか、空の描写はリアルだ。実際に山陰地方を訪れたことはないが、同じ日本海側に住んでいるからよくわかる。 

 4作目だからか、惣一郎とひよりの間に流れる空気が時折濃くなるが…結構この二人は年が離れているので、どうなんだろう? 

この巻ではまた、彼女の隠れ家的憩いの場であるカクテルバー「ICE MOON」の存在がメゾンの住人達にばれてしまった。ひよりにはまことに気の毒なことであるし、今後のお店の行く末も案じられる。 

 どういうわけか、元警官と現役警察官なのに、若竹七海よりコージー度が高い。

 

2020/07/22 06:25 「メゾン・ド・ポリス3 退職刑事とテロリスト」加藤実秋

シリーズ第3弾。シリーズ初の長編である。 

 ところでヒロインのひよりはこれまで1冊に一回必ず危機的状況下で、夏目と「やるのか?」「やります。」と修羅場を乗り切ってきたのだが、今回は爆弾を積んだ車を、被害を最小限にとどめることが出来そうな埠頭まで運転して移動して自分は海に飛び込む。 

 おぉ、ついにひよりがカーアクションまでこなすようになった、感無量である。 

 前作は藤堂さんの元妻杉岡さんが登場したが、今回は昭和のデカを体現したようなおっさん、迫田さんの家族が登場する。迫田さんは定年退職時に熟年離婚してメゾン・ド・ポリスの住人となったものの、今でもメゾンには別れた奥様から季節の折々に好物のお漬物などが届けられており、改善の余地のない絶縁状態ではない、という状態であることが第1作で披露されていたが、今回迫田さんは事件の聞き込みに出向いた場所で息子保仁くんと再会する。しかもその後の展開で保仁くんにも疑いの目が向けられ、迫田さんは息子を疑いつつ事件の真相に迫っていく。 

 先ほどのひよりのカーアクションがクライマックスかと思いきや、そのあとに迫田さんの元妻、葉子さんが語る離婚の真相が驚きだった。私にはこっちの方がクライマックスのように思えた。