裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2017-08-10 22:15:55.0 デニス・ルヘインのエッセンス

 次に何を読もうかなと館内をさまよい歩き、ハヤカワ・ポケット・ミステリの書架に、デニス・ルヘイン「ザ・ドロップ」を発見。「ミスティック・リバー」以来だな、と思って手に取ると、中々ポップで素敵な装丁。厚さも手ごろだな、と借りることにした。

 ポケミスにしては薄めで、気軽に読めるかと思いきや…これが「ミスティック・リバー」をぎゅぎゅっと凝縮した、ルヘインのエッセンスのような作品で、これがなかなかの読み応えだった。

 バーテンダーのボブが、道端で子犬を拾った瞬間、彼の人生が激変する。ところがこのボブさん、従兄の店を手伝う、さえないおじさんのようであり、登場人物のなかで一番の危険人物のようでもあり、最後まで結末が読めない。うわぁ、読者を突き放すような、こんな結末って…でも何かしら救いのある結末を用意したいと思ったら、これしかないのかもしれない。

 

2017-07-29 22:02:25.0 それ、アンタだけだってば。

 今日、合衆国の与党共和党が、国境税を断念した、という記事を先日新聞で目にした。 

 他にもオバマケア見直し案が否決されたり、トランプ大統領は公約の目玉だった政策の実現にことごとく失敗しているようだ。 

 だがしかし… 

 オバマケアの見直しはともかく、国境税は当初から「できるのか?」という見方が大勢を占めていたわけで、分かり切ったことを何を今さら、「それマジで実現できると思っていたのは、アンタぐらいのもんよ」いうのが、私の率直な印象。というわけでアメリカ国民に、心を込めてこの一言を送りたい。

 

「だーから、言わんこっちゃないのよ」

 

 

2017-07-21 21:39:42.0 Wellsエンターテインメントの深謀遠慮

(なぜ縦長にならない…)

 

 お気に入りだが、最近仕事に恵まれない韓国人俳優チョ・ヒョンジェ氏が、今年4月に今度はWellsエンターテインメントと契約し、つい先日日本でファン・ミーティングを行った。 

 チョ・ヒョンジェ氏が良いお仕事に恵まれさえすれば、誰とどんな契約しようと気にしないが、最近テレビ欄のBS11の欄を見て驚いた。 

 午前4時「帝王の娘スベクヒャン」午後1時59分「ヨンパリ」午後7時「薯童謡」と一日三回、チョ・ヒョンジェ氏の出演作品を放映している。日本でドラマが放映されると、本国の所属事務所と出演者にどのような恩恵があるのかは不明だが、何かしら利益がもたらされるとしたら、WellsBS11に強いコネがあるに違いない。

 

2017-07-07 20:40:36.0 心の準備

(「テロ」の装丁。今回は特別に裏表紙も掲載)

 

 というわけで、シーラッハの「テロ」を借りる。(「というわけで」のいきさつについては、前回を参照されたし)刑事裁判の進捗をそのまま戯曲にした法廷劇で、読者は観客であり、また裁判の参審員(アメリカの陪審員、日本の裁判員のようなものらしい)の役で劇に参加する構成。結末は有罪と無罪の2種類が用意してあり、どちらの判決を下すかはあくまでも読者自身、というわけだ。 

 では公判の争点は何かというと「多くの人を救うために無辜の人間を殺害することは許されるのか」というもので、もうこれはどちらが正しいかという類の問いではなく、またどっちもありだよね、と折衷案を提示することも不可能な厳しい選択を迫られる。 

 今のところ、日本国内の日常生活で一般市民がこのような判断を強いられることはごくまれだ。だが海外に目を向ければそれが許されない世界が急速に広がっている。EUもアメリカも、誰も望んで分断したわけではない。おそらく本人たちも訳が分からないまま、残酷な究極の選択をさせられた結果なのだ、と私は思う。 

 なんの準備もないまま、いきなりこのような事態に直面して思考停止に陥らないよう、予め想像力を駆使してほしいととシーラッハは伝えたいのかもしれない。

 

2017-06-29 22:19:35.0 最良それとも最悪の食べ合わせ?

 ヴェルーヴェン3部作の後、そのままルメートルの作品を続けて読む気になれなくて、「ここは箸休め(?)だな」とジャック・リッチー著「ジャック・リッチーのびっくりパレード」を読むことにした。 

 意外だったのは、収録されている短編に、極めてSF色の強い作品、殊に異星人が登場するものがあったこと。ターンバックルやカーデュラ探偵社も定番で安定感のある切れの良さだが、今回はノンシリーズの作品のほうが面白かった。 

 問題は、「このミス2017年版」を眺めていた私が、無性にFV・シーラッハの作品が読み返したくなり、本作と一緒に借りたことだった。どちらも短編集だが、この2作品はテイストは真逆だ。結果リッチーの読み込みは消化不良気味に終り、全体の印象はかなり薄くなってしまった。なぜこんなものを同時に借りてしまったのだろう。間がさした、としか言いようがない。 

 というわけで、多分ルメートルはまたもや後回しになり、次に借りるのはおそらく「テロ」(シーラッハ著)のはず。あぁやれやれ、である。