裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2020/07/29 06:14「刑罰」F.V.シーラッハ

 段組みなし、213頁、12編の短編集という比較的低ボリュームにもかかわらず、F.V.シーラッハ「刑罰」は読み切るまでに実に時間がかかった。一つ一つの短編が重い。一つ結末に至るたび、みぞおちにドスッと来るものを感じ、時間をかけて気持ちを立て直しページをめくる、その繰り返し。 

 読み終わって表紙に戻り、再びページをめくるとキェルケゴールの言葉。 

「全てが鳴りをひそめているとき、たいていなにかが起きている」 

あぁ、たしかに何かが起きていたんだ、表に噴出してしまったんだ。そんな思いに暗澹となる。 

 終盤まで二転三転する「どんでん返し」がディーヴァーの真骨頂なら、「刑罰」の真骨頂は「奈落」だろうか。各短編のラストで明かされる真実に、ズドーンと突き落とされる感じ。読み手としては、本作は落とされた先が一段と深かった。 

 最後の「友人」で、著者の友人が妻の死について語る。 

「確かに私に罪はないかもしれない。だが、罰を受けるしかないんだ。」 

ところがそこに至るまでの11篇を読むうちに、 

「罪を犯したことは明らかなのに、刑法上有罪にできない。」 

「罪を犯したことは明らかだが、ではこの場合、罰せられるべきなのだろうか」 

「法律家の正義とは何だろう、そもそも刑法は正義に味方しているのだろうか?」 

この類の自問自答が頭の中を回り始めたら、あなたは危険な状態に陥っている。 

 現役の、そして高名な刑事事件弁護士も自問自答に堪えきれなくなったのだろうか。友の死をきっかけに彼は執筆活動を始める。自分の依頼人たちを回想し、 

「彼ら、彼女ら(依頼人)の孤独感と疎外感、そして自分自身について愕然としていたことを」思い出し、罪と罰と正義について読者に問いかける。 

 

「MIU(機動捜査隊)404」で「刑罰」に触れたので、急いで推敲。 

ディーヴァーの「ブラック・スクリーム」と「カッティング・エッジ」は諸々の理由により、長くペンディングの憂き目を見ている。文中でディーヴァーに言及しているのは、読んだ順番で下書きをしたことの名残りである。

 

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