裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2020/11/16 06:55「厳寒の街」A.インドリダソン

 折も折、今年一番の冷え込みにファンヒーターを出したところでアーナルデュル・インドリダソン「厳寒の街」を読み終わった。実際の寒気は収まったが、小説世界の冷え込みは中々に厳しい。 

 10歳の男の子が路上で刺殺された。彼はタイ人の母とアイスランド人の父を持つ少年。両親は既に離婚し、母親はシングルマザー、そして母が母国であるタイで前夫との間に設けた息子と3人暮らし。少年は学校で問題を起こしたことはなかったが、母はアイスランド語があまり理解できず、また話せない。兄の方は物心ついてからアイスランドにやって来たこともあって、学校にもコミュニティにも馴染めていなかった。 

 被害者とその家族を取り巻く移民に対する感情が、そっくりそのまま壁となってエーレンデュルたちの捜査を阻む。事情聴取される人たちの意見、移民に対する感情というのが一人一人微妙に程度が違うところが、問題の複雑さを物語っている。 

 訳者はあとがきで「日本はいつまで日本に渡来して居住し働く人々を”外国人労働者”という枠に閉じ込めて扱うのだろうか。と批判的な印象の見解を述べているが、本作を読み終わった後、「移民は容認するとしても、受け入れるハードルは高めが望ましいのだな。」と感じた私は、対極的なこの一文を読んでとても驚いた。 

 さて、前作「湖の男」で暴力シーンが激減して読みやすくなったインドリダソンの作品だが、今回も具体的な暴力シーンは抑え気味であるものの、今までとは違った怖さを感じた。 

 考えてみてほしい。 

「そうしたかったわけじゃないんだ」 

「そうなってしまったんだ」 

「別に」 

「あいつがそこにいたから」 

「することがなかったから」 

取調室での犯人の供述が、犯行の動機とその経緯がこんな内容だったら、それは怨恨や金目当ての犯行とは別の意味で恐ろしいことだとは言えないだろうか。 

グローバリズムに飲み込まれてた、コミュニティが小さく、ほぼ単一民族の国アイスランドのミステリーは、これからの日本の外国人受け入れ政策についてもなかなか示唆に富んだ一冊である

 

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