裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2013/01/16 22:14異常な高値とは言うけれど

 新年の築地の初競りで大間のマグロに1億5千万円超の値がついたという。
色々な人がそれぞれの立場で色々なことを言っていたが、皆一様に「異常な高値」だという見解。私はマスメディア、特にTVで放送されるの「皆一様の見解」というのが大嫌いである。絶対真面目に仕事してないだろ、とすら思う。
 そこで、私は独自に価格の検証をしてみた。テーマは
「マグロ1匹1億5千万円。妥当か否か
 食べる側には1億5千万円、確かに高額である。しかし獲る側にとってはどうなのだろう?
 今回初めてわかったことだが、1億5千万円のうち、約1億円が漁師さんに支払われるという。釣った漁師さんの、値段を聞いたときの「漁労長に相談しないと」という言葉、嬉しさや驚きと同時に、ある種の恐怖の表情は印象的だった。決して仲買人やブローカーみたいな人が暴利をむさぼっているわけではなく、私は約1億円も漁師さんに支払われると知って正直なところとても安堵した。
 次に漁のことを思った。具体的には成果と必要経費とリスクの問題である。
 あのように大きく、また良質のマグロは、どのぐらいの頻度で水揚げされるのだろう?
 いうまでもなく、マグロは自然界に生息するものを捕獲するのであって養殖したものではない。常に危険と隣り合わせの冬の漁場に、彼らは文字通り命がけで漁に出ていく。漁に出たからといって、マグロが釣れるとは限らない。漁に出られない日だってある。船上の作業の安全性を高めて、漁の効率を上げるなら船や探知機など設備投資は不可欠だ。燃料の心配もしなければならない。漁協の貸付制度などによる融資や返済は容易なのだろうか?
 海洋資源と和食に対する世界全体の意識の変化もある。マグロの漁獲高をめぐる動きは相変わらず日本には逆風だ。今や寿司はsushiとなり、マグロに限らずローカロリーで健康に良いからと海産物を食べる人口が世界的に激増した。おいしい魚は日本人が独占できるものではなくなってしまったのだ。
 というわけで供された命と供してくれた人の努力を思えば、「異常な高値」も妥当な価格だし、日本人はもっと感謝してマグロを食すべき、というのが今の私の見解である。

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