裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2017-03-11 21:21:30.0甘いんだか辛いんだか

(帯の裏表紙部分)

 

 「ローマ人の物語Ⅷ・危機と克服」の後半は、フラヴィウス朝のヴェスパシアヌス帝、ティトゥス帝、ドミティアヌス帝が登場する。陰惨な内乱を終結させ、帝国の基盤を再度強化したヴェスパシアヌス帝。その前半生は父の補佐役として、登位からは度重なる自然災害への対処に、文字通り粉骨砕身したティトゥス帝。帝国の安全保障の要であり、ゆえに後世の安全保障の代名詞となるリメス(リメス・ゲルマニクス)の建設に着手したドミティアヌス帝。

 3人の皇帝の他にも、ヴェスパシアヌス帝の登位を全面的に支えたムキアヌス。(この方はまるで、「帝王の娘スベクヒャン」の衛士佐平ヘ・ネスクのようだ)「ユダヤ戦記」の著者ヨセフス・フラヴィウス。「インスティトゥーティオ・オラトリア」を著し、帝国の教育学体系を作ったクィンティリアヌスなど印象的な人材がたくさん登場する。

 ところで塩野さんはヴェスパシアヌス帝を一言で言うと「健全な常識人」だと評している。これは良いのだが、その一方で彼の外見の表現が面白い。

「頑丈な体の上に充分に膨らまなかったパンのような顔がのっている、一見しただけでも庶民的な風貌の持ち主だった」

 普通にパン、だけで十分だろうに、わざわざ「充分に膨らまなかった」という表現をつける必要があるんだろうか?

 他にも「治世が短ければ、誰だって善き皇帝でいられる」という同時代のローマ人のティトゥス評とか、ある大変皮肉屋の歴史家は、ドミティアヌス帝の次のネルヴァ帝を「五賢帝に加えられた理由は、トライアヌスを後継者に選んだ一事のみ」と評価していることなど、絶対手放しで褒めないところがバランス感覚の良さなのか、はたまた「持ち上げて落とす」評価が好きなだけだよね、と疑いたくなる文章が随所に登場する。

 

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