裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2017/09/28 21:11ピカレスク

 ゴンクール賞はフランスで最も権威ある文学賞だという。今までの受賞作がどんなものか知らないが、昨年の受賞作P.ルメートル「天国でまた会おう」は中々重厚なピカレスク(悪漢小説)だった。 

 第一次世界大戦の末期、上官のプラデルの企みに気付いてしまい、命を狙われたアルベールと、彼の命を助けたために顔面に重傷を負ったエドゥアール。復員した二人は過酷な境遇に突き落とされるが、ある日エドゥアールはアルベールに壮大な詐欺を持ちかける。生来几帳面だが凡庸で気弱なアルベールは恐怖に怯え、罪の意識に苛まれながらエドゥアールに協力するのだが… 

 読み終わって最初に思ったのが「ピカレスクは徹しすぎると、後味が悪いものだ。」ということ。 

 エドゥアールが絵図を描いた大胆不敵な詐欺は、欲の皮の突っ張った小金持ちから大金を巻き上げるのではなく、戦争で疲弊しきった同胞であるフランス国民全員をターゲットに、お金をだまし取るというもので、おいおい、善良な小市民をカモにするのか?と異議を唱えたくなるが、復員兵である彼らの立場からすれば-戦死者は英雄として称えるが、祖国のために命がけで戦い、着の身着のままで戻った復員兵には異様に冷たい態度をとる-国民全体に復讐することのどこが悪い、ということになるらしい。至極もっともな言い分である。 

 小悪党が、かけらほどの良心-もしくは職業倫理-に従い、大悪党に天誅を下すタイプのピカレスクは沢山読んだ経験があるが、「天国で…」は、悪党や曲者ぞろいの登場人物の一人として好感が持てる者がいない、というかなり珍しい現象を体験する。エドゥアールは退廃的過ぎる。二人の元上官プラデル、エドゥアールの父マルセルと姉マドレーヌ。大悪党から子悪党まで悪党もよりどりみどり。一番善人度が高い(と思われる)アルベールは、あまりのヘタレぶりにイラッとしてくる。 

 あぁそうか、これでもかこれでもかと、えぐりだすように書き連ねた、人間の醜い部分-手近なところで、まずは自分自身-から目をそらしてはいけない、という読者に対する作者の叱咤なのかもね、というのが私の見立てだが、どうだろうか。

 

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