裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2018-01-08 21:27:35.0彼は頭の形が美しくなかったらしい。

 ご無沙汰しております。そして遅まきながら明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 

 図書館で年末年始に読む本を物色したところ、長い休みにこれは必須、ということで、塩野七生「ギリシア人の物語Ⅱ・民主政の成熟と崩壊」を借りた。前巻の読後、ずいぶん時間がたっているので、おさらいのため第Ⅰ巻も借り、ダーッと読みとばしてから本作に着手することにした。 

 

  第Ⅰ巻のラストで、ペルシア王アルタ・クセルクセスが、「来ちゃった 来ちゃったランランラン」とテミストクレスの亡命に狂喜乱舞した後… 

 主役のペリクレスがギリシアの政治の表舞台に登場し、その死をもって退場するまでの33年間と、その後の衆愚政(デマゴジア)を経て覇権都市国家としてのアテネが消滅するまでの26年間、計59年間のエーゲ海の動きが語られる。恥ずかしながら、私は衆愚政はポピュリズムの和訳だと勘違いしていた。勘違いもいいところである。 

 ペリクレスについて情報を一つ。塩野さんは、往年のエッセイ「男の肖像」の第1篇にこのペリクレスを取り上げている。機会があるならば、まずこれを読んでから本編を読むと、作者の執筆意図―あふれんばかりのペリクレス愛―が、より明確になる。 

 かつてユリウス・カエサルの生きざまを書くために、その前後も書かねば、という思いから15冊も本を執筆した塩野さんは、あの時と同様、ペリクレスの生きざまを書きたいがために、このシリーズを書くことになってしまった、いうのが私の推測。先日刊行した第Ⅲ巻の主役はマケドニアのアレクサンドロスらしいが、一番書きたかったのはやはりペリクレスだったのではないか思う。 

 さて、塩野作品を読む時、登場する英雄たちに視点をロックして読むと、現代の政治家が見劣りしてしまい、読むのが辛くなることがある。不世出の英雄とはそんじょそこらにいるものではないのだ。だから、視点をロックするポイントには十分注意し、上から目線とないものねだりはやめて読むことをお勧めする。 

 

 追記:舞台が古代になると塩野さんの筆が冴えるのは、多分毛嫌いしている一神教を加味しないで書けるからだろう。このくらい塩野さんのファンならすぐ察しがつくことだが、ここで疑問が一つ。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教など、一神教の信者の方達は、異教徒と無神論者とアンチ一神教のどれを一番忌み嫌うだろうか?

 

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