裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2013-04-11 21:11:13.0 行間に雨が降る

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 なぜ気になったのか今となっては不明なのだが、スクラップを一時保管しているクリアファイルに、アーナルデュル・インドリダソン「湿地」の新聞広告があった。情報を求めてこのミスを開くと、おぉ!見事ランクインしている。それではと図書館で検索してみると、おっおっおっ!収蔵しているではないか!さっそく場所を確認し探し出した。
 感想を一言で言うと、フリーマーケットでとんでもない掘り出し物を見つけたような気分。表紙を開いてから所要時間6時間、久々の一気読みだった。
 舞台はアイスランドの首都レキャビク。ノルデュルミリ(北の湿地を意味する)という住宅街で70代の男性の死体が発見され、現場に残された「おれ は あいつ」という不可解なメッセージをたどるうちに捜査官エーレンデュルは驚愕の真実にたどりつく。先ほど一気読み、と述べたが、事件の真相が余りにも悲しく、痛ましく、そしておぞましいため、あらためて読み終わってからその読みやすさとテンポの良さに驚いたくらいである。
 アーナルデュナル(アイスランドでは日常、ラストネームは使用しないのだそうだ)へのインタビューに基づく訳者あとがきが素晴らしい。
「殺人者が最悪の犯罪者であることはめったにない」
「殺人者にはしかるべき理由があり、殺されるほうには殺されて当然と思える側面がある。私は殺人をする人間をもっと知りたい。なぜ殺すに至ったのか、真の同期はなんなのか。私はそれを書きたい。殺人というものは決して単純なものではないのです。」
 世界40ヶ国で翻訳され、シリーズ全体で700万部を突破するメガヒットの秘密は、人口が約32万人の単一民族の国で、よそ者が極端に少ないアイスランドらしい犯罪小説を書くことへのこだわりが一番の理由ではないか。
 また、作中のリアルかつ残忍な暴力シーン、ことに性暴力にシーンについても、「表現をはしょったり、軽い暴力のように書くことも許されない」という覚悟で、「時に机を離れ長い散歩に出なければならない」ほど「きつい苦しい作業」に臨んでいる真摯な執筆姿勢は何よりも嬉しかった。
 大作「ミレニアム」フィーバーから現在に至るまで、世界のミステリー市場では北欧勢が躍進を続けている。英語圏の作品に比べると今一つなじみがなかったため、私は日本語訳とはいえ母国語の素養が全くないと少し読みづらいのでは?と心配したが、そもそも北欧諸国の言語は文法的に英語と近いそうで、読んでみたら何も問題はなかった。
 ポイントは固有名詞で、土地勘がまったくないので、細かい地名や通りの名前やランドマークなどに対してイメージが湧きにくい。また、北欧系の名前になじみがないため、一見しただけでは性別不明な場合がある。「湿地」もエーリンボルグが女性でマリオン・ブリームが男性だとわかったのは、かなり読み進んでからだが、読みやすさはそもそも作品の出来に依存することなので、面白さには全く関係ないと私は思う。
 刊行当時BSブックレヴューでも話題になっており、このミス2011の座談会での評価は悪くなかったのに、当時のランキングでは20位以内にランクインしなかった。不当に低い評価に少々憤慨したのが、ラーシュ・ケプレル「催眠」である。
 話題になったのは日本に限ったことではないそうで、まず作品発表当時、作者のラーシュ・ケプレルが匿名ということで、その達者な筆力から「ケプレルは誰だ!」と大騒動になった。いくつもの大物作家の名前が上がるなか、しまいにはスティーグ・ラーソン生存説までまことしやかに囁かれたが、結局この騒動は純文学で評価の高いアレクサンドル・アンドリルとアレクサンドラ・コェーリョ・アンドリル夫妻が二人で執筆したことが判明したことで一応の決着を見ている。
 10年前ある事件がきっかけで専門である催眠療法を封印した精神科医エリック・マリア・バルクの元へスウェーデン国家警察のヨーナ・リンナ警部が一家惨殺事件への協力要請に来る。意識不明で重体の生き残った被害者に、大至急事件の詳細を尋ねる必要があるため催眠療法を実施して欲しい、ということなのだが、得られた証言によれば生き残った被害者本人が犯人だという。供述内容も驚きだが、催眠療法を実施したことが公表されるとエリックの周りで奇妙なことが続き、ついに息子のベンヤミンが拉致されてしまう。
 スピィーディな展開と次々と謎が連鎖し悲劇が悲劇を生む構成。加えて表情豊かな文章で紡ぎだされるスウェーデンの風景や人々の暮らしぶりの描写がとても素晴らしい。何より子供達がポケモンに夢中なっているところが印象深かった。
 余談だが、柳公司「キング&クイーン」のラストで、「湿地」の舞台であるアイスランドはチェスが盛んなことが紹介されている。

2013-04-07 15:21:09.0 椎 庄子プレゼンツ図書館利用ガイド その2

 各図書館の利用案内を見ればわかるが、図書館の収蔵作品は印刷物だけではない。
 CD,DVD,VHS,つまりAVソフトを館内の視聴覚ブースで視聴できるほか、一部の作品は貸出にも対応している。作品によっては原作も映像も両方楽しめたりするわけだ。
ただし、各図書館で貸出ルールが若干異なるので、注意が必要である。
 もっとも多くのソフトを収蔵しているのが上越市図書館の高田本館(以下、高田本館)だが、館内での視聴のみで貸し出しは行っていない。しかも利用できるソフトは一人一日1品のみ。今後データベース構築が進んで早く貸出業務が拡充することに期待している。
 ホテルセンチュリーイカヤの別館にある直江津分館は、館内視聴も貸出も可能。コーナーの広さの割にまだソフトが少ないのか、がらんとした感じがあるが、ホテルの名残りで居心地は最高である。休館日が高田本館や妙高市図書館とは違う日なのも有難い。
一つ注意したいのは貸出と返却。書籍は申し込みをすれば貸出や返却を分館でも対応してくれるが、AVソフトは必ず直江津館で行わなくてはならない。
 妙高市図書館は私のホームグラウンドみたいなものなので、体が馴染んでいて、直江津とは別の意味で居心地が良い。ここはソフトの数は決して多くはないが、ほとんどのAVソフトが館内視聴も貸出も可能で、(多分)妙高分室、高原分室も取り寄せ時間はともかく申し込みは可能だったと思う。ここの視聴ブースは画面も大きいし、椅子もソファなので、他に同席者がいてもゆったりできる。
ただ、後側にある新聞コーナーとの間に仕切りがなく、ガラ空きなので、自分が見ているものが周りに丸見えなのがちょっと気になる。そもそも館内で見ることが問題だったかもしれないが、以前ここでデミ・ムーア主演の「素顔のままで」のDVDを見たときは、後ろが気になって仕方がなかった。一応、後方の人の気配とソフトの選択は若干、注意が必要かもしれない。

2013-04-02 22:11:39.0 この間言い忘れたこと

 「シブミ」ではニコライ・ヘルが、「サトリ」に至ってはCIAの上級職の人間までもが碁盤を前に作戦の進捗を分析したり、囲碁に置き換えて複雑な思索をおこなっている。
 囲碁がストーリーのアクセントになっているミステリーで決して忘れてはならない、オススメの一冊にJ.ディーヴァー「石の猿」とS.パレツキーの短編集「ヴィク・ストーリーズ」収録の「タカモク定石」の二つを挙げておく。

2013-03-29 21:50:21.0 椎 庄子プレゼンツ図書館利用ガイド その1

 本が好きな人が図書館へ足を運ぶのは当然のことである。だからきっと、こんなブログ意味なし、と思っておられるに違いない。
 そこで今日は本など表紙を見ただけで吐き気がする、という方のための図書館案内。我ながら恩着せがましいことこの上ない、ドン引き間違いなしの企画だが、がんばってみることにする。
 通常図書館は複数の新聞社の紙面を置いている。ジャーナリストのように一つの事例に対し、各社の紙面を比較するという高度な利用法はもちろんだが、4コマ漫画の読み比べだけでも十分楽しい。なんせ無料である。
 サブプライム問題とリーマン・ショック以降の不景気の嵐のさなか、ワークシェアで齢四十余にして「毎日が日曜日」状態になった数年前に、私が絶対はずせないと思ったのが日経新聞である。
 実は大手新聞社の経済面には数日前の日経の引用か?と思われる記事が時々ある。だから少額とはいえ外貨建ての投資信託を保有している私としては、日経新聞をチェックできるというのは、なかなかに魅力なのである。
 何といっても、無料である。
 私はありきたりな人間なので、同じことを考える人は結構いると見え、最近は日経新聞を読もうとしても必ず誰かが読んでいて、開館時に一番乗りしないとなかなか手にすることができない。この日経争奪戦の「急いでいる風には見えないが、読む姿が真剣な風情」からして、ライバルの大半は見た感じ、年金生活者で退職金を積極的に運用をしている人で、それってある意味私たちは同士かも・・・とあくまで勝手な想像ながらも我ながらかなりいいところを突いている、と密かに自負している。
 なんたってタダだから。

2013-03-27 22:03:40.0 冒険小説にして文化論

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 「ストリート・キッズ」・「仏陀の鏡への道」しか知らない身にとって、ドン・ウィンズロウの「犬の力」は読みごたえはあったがトーンが重くて結構しんどかった。ゆえに、書架に「サトリ」を見つけた時は手に取ろうか迷ったのだが、表紙に”原案/トレヴェニアン「シブミ」”とある。これが面白かったらトレヴェニアンに挑戦しようと借りることにした。
 私は読んだことがないので、あくまで付け焼刃の知識だが、「シブミ」は孤高の暗殺者ニコライ・ヘルが活躍する70年代に発表されたトレヴェニアンの代表作で、本作はその前日譚という設定で偉大な覆面作家の名作をウィンズロウが書き継いだ、ということになるそうである。
 1950年代の第二次大戦直後の東京、北京、ベトナムが舞台だけにかなり重いんではないかな、と心配していたが、適度なスピード感というかキレがよいというか、とにかく気持ちよく読めた。ただ寝る前に読むとうなされそうなほど、コブラのナイフさばきと、ロシアと中国がらみゆえに拷問シーンはキツい。
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 「サトリ」が面白かったので、本家本元のトレヴェニアン「シブミ」を図書館で探したら、2006年刊行の文庫版を発見。間違いなく著者の代表作だけあって確かに面白かった。「サトリ」直前のニコライ・ヘルと「サトリ」のラストから20数年後、現役を退いてバスク地方で洞穴探検と作庭に心血を注ぐ隠遁生活を送っているところから、不本意ながらも1度だけの現役復帰を果たしさらにその後の2度目の隠遁生活の始まりが描かれる。
 まず新潟県民として理屈抜きで感動した、というより感激したのが、ヘルの回想シーンで最も美しいシーンの一つ、ヘルが岸川将軍と桜並木を歩くシーンの舞台として、なんと加治川沿いの桜並木が出て来るのである。作者トレヴェニアンはどういういきさつで場所をかの地に設定したのだろう?もしご存じの方がおられたら是非教えていただきたい。
 もう一つ驚いたのが、この作品は東西冷戦の真っただ中の70年代後半に発表されたにも関わらず、東西冷戦が背景にない。KGBが全く登場せず、CIAは出てはくるが、活躍よりも無能ぶりが強調されている。ベルリンの壁とソ連邦の崩壊まで、冒険小説やスパイ小説はおおむねCIAをはじめ西側諸国の諜報機関対KGBという構図が当たり前、というより他の設定は皆無だったのではないだろうか?
 作者トレヴェニアンはその当たり前を排除し、意表を突く敵役を生みだした。だから今読んでも楽しめる重要な条件になっている。冷戦の終結は世界平和の実現にはとても喜ばしいことだったが、冒険・ミステリ・スパイ小説の世界では書き手が新しい設定を模索して苦悩したに違いないことを思えば、これは凄いことではないかと思う。
 最後に美学としての「シブミ」と「サトリ」について一言。
 ウィンズロウはともかくトレヴェニアンはアメリカの文化とアメリカ人に厳しすぎる気がする。あとがきで池澤冬樹氏はトレヴェニアンの日本文化への造詣の深さを高く称賛しているが、読んでみると日本古来の美意識を表す言葉は一応の手掛かりで、その美意識や精神性は作者独自の世界観のように思う。
 二人の作者曰く「シブミ」とは、「控え目な物が持つ優雅さ」だそうで、国語辞典を見ても確かにそれらしき説明は載っているが、でもどうなんだろう? 「シブミ」とは、まず「渋味」、つまりタンニンの味で、控え目か否かとは無関係に思えるし、印象、感覚としての「シブミ」は「渋さ」、「渋ごのみ」というのが適切だろう。
 また私の父は少しばかり囲碁をたしなむため、ETVの対局を毎週つき合って一緒に見ているが、囲碁というのは局地的な作戦行動よりはもっと大局的な戦略的思考が必要になるゲームで、作戦行動中のスパイが瞬時の判断を迫られているとき、囲碁的な思考法は質的に違うような気がする。むしろ、将棋やチェスの方が同質では?と思うが、トレヴェニアンはそれでは東洋的な要素に欠けると思ったのかもしれない。
 最後に「サトリ」について。悟ることは簡単ではないが、不可能ではない。最も困難なのは「悟りを開くこと」。というのがやや乱暴だが浄土真宗の門徒としての私の見解である。