裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2013-02-22 16:02:16.0 あるまじき甘酸っぱさ

5152_1359379423.jpg
 新しく入った本の書架に2013年このミス第1位に輝いたS.ハミルトン「解錠師」を発見。早速借りる。第1位の作品がミステリーのメジャータイトルともいえるMWA賞(エドガー賞)、CWA賞(イアン・フレミング・スティール・ダガー賞)、バリー賞などを受賞していることは別に珍しくないが、3冠となるとやはりすごい。おまけに全米図書協会がヤングアダルト世代に読ませたい一般書に与えるアレックス賞というタイトルも獲得している。主人公マイクルの錠前破り(ちなみに原題はThe lock artistという。錠前破りはちと下品な言い方かも)は間違いなく犯罪行為なのだが、彼の活躍には声援を送りたくなるし、彼を利用する大人たちには憤りを感じる。そして、結果的に彼は逮捕され刑務所で服役しているのだが、クライムノベルで主人公が逃げ切れずに逮捕され、服役しているのに読後感がさわやか、というのはなかなか珍しい。
 子供の頃の不幸な出来事以来、声が出せなくなった主人公マイクルにはある才能があった。一つは絵を描くこと。もう一つはピッキング。とはいえ彼は最初からその能力を利用して犯罪に手を染めようと思っていたわけではなく、行ってみれば3Dのパズルを解いて楽しんでいるだけにすぎなかったのだが、あることがきっかけで事件の加害者となり、ひょんなことからプロの金庫破りの弟子となり、ついには後継者となってしまう。
 後年彼はやめようと思えばいくらでもチャンスはあったのに、と何度も後悔を口にしているが、それでもこれがきっかけで出会った恋人アメリアのことについては後悔していないし、同じ状況に置かれたら迷わず同じ選択をするだろう、と断言する一途さにはとてもさわやかなものを感じる。彼女との再会は普通、家族の大反対と妨害にあうものだが、彼女の父親は拒むことはできないのがわかりきっているので、作者が「彼女も彼を信じて塀の外で待っている」というシチュエーションを設定してくれてよかったね、というのが私の率直な感想だ。
 ストーリー全体は①現在服役して10年を経たマイクルの今、②家なし子となり伯父のリートに引き取られたところから始まる声を失ったマイクルの成長記、③ゴーストと呼ばれるプロの金庫破りの後継者としての初仕事から逮捕まで、が交互に登場する。物語の時間の経過がときに前後することが、それぞれのストーリーの巧妙な伏線にとなっているところが面白い。
 読む楽しみのもう一つはもちろん、ピッキングから始まって初期の電子錠までを対象に繰り広げられる錠前破りの数々だ。「金庫を開けるのは女をおとすのに似ている」というのはマイクルの師、ゴーストの言葉だが、指先で感じる微妙な感覚だけをたよりに精巧な錠前に挑む姿は確かにアーティストという表現がふさわしい。ハミルトンも訳者の越前敏弥さんも、執筆中には (もちろん合法的な) プロの錠前師に取材協力を行っており、それが小説に十分反映されている。
 もう一つ、ピッキングで思い出す名作に宮部みゆき「魔術はささやく」があるが、こっちは主人公が何も悪いことをしていないのに、トーンがひたすら暗い。

2013-02-16 22:08:42.0 ワッシャーAを待ちわびて

5152_136102007600.jpg
 そもそも「まわしてチャージ 充電丸」とは何か?
簡単にいえばペダル式充電器である。
ところが商品到着後、さっそく組み立てようと部品を確認したら、ワッシャーAが入っていない。急いで電話して送ってもらうことになったが、組み立ては保留となった。木曜日の電話では週末には届く、と言っておきながら届いたのは週明けの火曜日。不安要素は大きくなるばかりだが、今更どうするわけにもいかない。取説を見ながら組み立てたが、説明に登場する合わせ位置の▲と●のマーカーが片方しか合わない。なるほど中国製だぁ~と妙な所に感心しつつ組み立てを完了。早速充電開始した。
 第一印象としては、これまで毎日エアロバイクで体力づくりをしてきたせいか、ペダルが軽いため、エクササイズとしては負荷が足りない。さらに組み立て部分であるペダル駆動部がどうしてもきちっとはまらず、ペダルの軌道がズレているような気がすること。これは組み立てた自分の粗忽さだけではない、構造のずさんさが絶対ある。最後にこれは多くの方が感想で述べていたが、なかなかバッテリーが充電されない。フル充電までの所要時間が8~12時間、という説明は読むとやるでは大きな違いである。毎日1時間ずつ発充電しても12日およそ2週間。まだまだ先は長い。その後の発電状況(?)などの後日談はまたまた次回にする。(2013・2・16)

2013-02-14 09:34:49.0 思いのほかの混乱

 ネット注文の2品目は「まわしてチャージ 充電丸」。3・11直後に節電が厳しく叫ばれていた頃、イトーヨーカ堂で以前見かけてとても興味を持ったのだが、購入には至らなかった。その後購入を決意して探したが見当たらない。そこでネットで検索して購入することにしたが、思ったほど簡単にはいかなかった。
 まず、最初はよくわからずに複数のサイトをウロウロしているうちに同じ商品なのに、サイトによって価格が大きく違う。結局知らない間に価格の比較検討をしていたようで、取り扱っている商品の内容を何度も何度も確かめなければならなかった。それにしても同じ商品がほぼ定価の1万5千円から半額の7500円まで一つの画面にラインナップされるというのは、確かに便利ではあるが、店頭を回って行う値段の比較に比べると何やら胡散臭く感じられるのは私が年寄りだから、だろうか?
 次に、購入者の感想というのが曲者だ。「すぐ壊れた。こんなモノは買ってはいけない」という強硬否定派から、「体力アップと節電を同時に楽しんでいます」というエンジョイ派まで見解が分かれているため、一時は購入をやめようかと思った。ネットの世界には本当に情報が氾濫している、まさに玉石混合だなと痛感する。結局「これは防災目的などマジメな目的で使用には向かないが、おもしろ節電グッズとしてはそこそこ楽しめそうだ」と割り切ろう、という酔狂な性格が災い(?)して購入したが、後日談は少々複雑なので次回にする。

2013-02-10 21:49:29.0 只今、内転筋がピクピクです

5152_136050052500.jpg
 先日、初めてネットでのお買い物に挑戦した。
 1品目はレッグマジックX。開脚運動で内腿の筋肉を鍛える、あのマシンである。「冬場の運動不足解消に欲しい」と父が電話サービスを利用しようとしていたので、ものは試しと注文に挑戦した。チラシでは補助マットやエクササイズ用DVD付きのセット価格で1万円のところネット注文では本体のみで9800円。使ってみると補助マットは必要なかったし、エクササイズ用DVDは取説DVDを見る限り、余りにハードでとても到達できそうにないレベルのようだったので、結論からいえばオトクな買い物だったと思う。
 マシンを使用した感想だが、「1日1分でOK」のお手軽過ぎるうたい文句は決してハッタリではない。現在使用開始から10日ほどだが、最初は1回1分間の継続は拷問に近かった。職場の同僚に話したところ、彼女の友人はこれを頑張りすぎて肉離れを起こし断念したそうで、以後私は1回40秒程度、小休止をいれながら1日数回を目安に、こまめに使用することを心がけている。春までに内腿と腰回りのタプタプが少しは解消してくれたら・・・と願っているが、効果を実感できるまでにはまだまだ先が長そうである。

2013-02-07 22:24:05.0 グローバル化する海外ミステリー ドイツ編その2

 F・フォン・シーラッハは新聞の書評欄で「罪悪」紹介されていたのがきっかけだった。
 ところがなぜこの方の名前に引っ掛かりを覚えたのか、全く心当たりがない。それでも縁はあったようで、図書館で処女作「犯罪」を発見。思わず手に取った。後日このミス12年版を見直していたら、「犯罪」が海外部門の2位に入っていた。引っ掛かりの理由はこれだったようだ。
 カヴァー折り返しの紹介文によれば、シーラッハは高名な刑事事件弁護士だそうで、収録されている11篇の短編は現実の事件がモチーフになっている。長年連れ添った妻を斧で殺してしまった老医師。家宝の茶碗を盗まれた日本人実業家の決して表沙汰にできない奪還方法。兄を救うために法廷を欺く犯罪者一家の末弟。羊の目を恐れ、目をくりぬき続ける伯爵家の御曹司。愛する弟を溺死させたチェリストの姉。応対した女性銀行員が憐れに感じるほどの弱気な強盗の意外な経歴。なるほど高名な、というだけのことはあるなと思わせる一癖も二癖もある事件ばっかりで、ありきたりなものは一つもない。それでも全作品を通して共通するトーンが感じられるのだから、著者が関わった被告人と犯行の経緯はみな、内包している魔性が共通しているのではないかなと思う。
 「犯罪」から数カ月後、海外文学の書架の間を歩いていたとき、「あ、この前読んだ『犯罪』だ」と思ったらそれがシーラッハの第2作「罪悪」で、おっと見逃すところだった、と慌てて借りた。1作目よりも1篇1篇が短いような印象を受けたが、多分私の頭のなかでシーラッハ・ワールドができつつあるからだろう。もしくは長編執筆のための章立てを意識しているのかもしれない。
 犯罪はなぜ起こるのか。理由はいろいろあるのだろうが、今回はもう宿命、巡り合わせ、その場のノリ、みたいなものに支配されてしまった犯罪が多いように思った。と同時にきっかけが些細なことであればあるほど、犯行そのものは逆に残忍さを増している印象を受けた。作中の「私」は被告を前に常に揺れ続ける。彼らの味方という立場を堅持し、被告の無罪判決を目標としながらも、目標達成に酔う心境には程遠い憂鬱。時に著者はドイツの刑法に対する不満も漏らしていて、どこの国の法律も決して完璧ではないのだな、と妙に納得してしまった。