裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2013-01-10 22:07:15.0 豚に真珠、猫に小判、そして我が家に一升瓶

先日、父が知人から「何かとお世話になったので」と一升瓶を頂いた。
まずい。
酒の味のことではない。
下戸揃いの我が家では、一升瓶は決して有難い頂き物とは言えない。ゆえに銘柄が有名であるほど困惑度が高い。
通常、飲み残した日本酒は料理に使うのが普通だが、我が家の頂き物の日本酒はその殆どが飲まれることがない。大抵全量が、ごく稀にお猪口で数杯飲んだ飲み残しとして実に九合以上が料理行きという運命をたどる。どんなレアものだろうが大吟醸だろうが、この宿命に大差はない。
 今回頂いたお酒は八海山だった。最も悩ましいケースの一つである。
いくら自分に飲む気がないとはいえ、知名度や人気の高い酒を煮物の鍋にどぼどぼ注ぐ、というのは何やら申し訳ない気持ちでいっぱいになる。これが酒好きの家ならどんなにか喜んでもらえたのにねえ、と何やらお酒が気の毒になってしまう。
運よく好きな方に差し上げることもたまにはあるのだが、我が家の事情をご存じ無い方は、「こんな良い酒を?」と感激と驚きであとからお礼が遣わされたりして、結局悩みが一つ増えただけだった、ということもある。
件の八海山、はたしてお猪口一杯でも酒として「飲む」ことになるか否かは今のところ未定である。

2013-01-05 22:52:21.0 画像処理でジタバタ

 遅まきながら、明けましておめでとうございます。
12/21の掲載で初めて画像の挿入に挑戦した。どきどきしながら掲載画面を見てみると・・・
デカい、デカ過ぎる。
あとからトリミングして修正しようと思いきや、どうやったらいいのか見当もつかない。
そこでまず、ファイルに保存している画像のトリミングに挑戦。トリミングはできたが、画像のサイズを調節できない。悪戦苦闘の末、アップしたのが「橘花抄」の表紙である。結果はご覧のとおり。
ところがその時、同時に「バーニング・ワイヤー」の画像をうっかり削除してしまったせいで、画面に巨大な空白が出現している!!ひええっ、とあわててもう一度画像を取り込んだら、なぜか今度は同じような画像が3つも取り込まれている。なんですのん??
やれやれ、と余計な画像を消したら、とうとう順番が逆になってしまった。あぁ、もうやだ。垢ぬけたブログへの道ははるかに遠い。
お願いです。誰か上手な画像の扱い方を教えてください~

2012-12-28 22:20:29.0 最近の年末年始

今年の掲載は一応これでおしまい。年明けにはもう少し垢ぬけたブログにしたいな、思う。
大みそかはお約束なので一応紅白を見るが、10数年前頃から見方が変わった。以前は「あぁ、今年はコレが流行ったな」と一年を振り返っていたが、最近は「おぉ今年はこんな歌が流行っていたのか!」と新鮮な気持ちで見ている。自分の年越しライブのため、紅組トップバッターを条件に出場しているという浜崎あゆみのやかましさにウンザリしながらも、大して面白くないのに結局ほとんど見てしまう。
 勝敗の行方を横目で確認しつつ年越しそばをたべ、新年が明けたところで就寝となる。二年参りは行かない。それどころか初詣もうっかりすると行かない。
 「一年を振り返るより気づかされるアイテム」のもう一つは宝島社の「このミステリーがすごい!」。少し前まではその年に読んだ本も結構あったが、最近は「今度図書館で探してみよう」と思うことの方が多い。今年など国内の作品は全くなかった。では今年はどんな本を読んだっけ?と確かめてみると、何のことはない、ほとんどが昨年のこのミス・ランクイン作品だった。来年もこの1冊を参考に何を読むか決めることになるのだろう。
 明けて元日。TV三昧の寝正月の幕開けである。三が日の午前中はロードレース。雑煮やお昼ごはんの支度をはさみながら元日は実業団駅伝、二日、三日は箱根駅伝。終わるころには自分が完走したかのように疲れきっている。
 それが終わる頃ようやくお笑い番組や高校サッカーの間を移ろいながら、笑点の時間を待つ。今年はJCVのおかげでBSの番組を見ることができるため、寝正月を楽しむ選択肢も増えたことになるが、はたして結果はどうなるか・・・は、年明けのお楽しみ。
 では皆様、よいお年をお迎えください。

2012-12-23 23:15:27.0 iPS細胞がライムにもたらすもの

北海道が大停電に襲われていた頃、J・ディーヴァーの「バーニング・ワイヤー」を読んでいた。NYの送電網を標的にしたテロが次々と起こる中、メキシコでは宿敵ウォッチ・メイカーの逮捕劇が大詰めを迎えるが、作戦は予想外の結果が待っていて・・・と、ディーヴァーの真骨頂である3回ぐらい用意されているどんでん返しに夢中になってしまった。
 ご存じ無い方のために解説すると、主人公リンカーン・ライムは元NY市警のCSIのトップだったが現場検証中に事故に遭い、脊髄を損傷し首から下と左手の薬指以外の自由を失った。シリーズ第1作「ボーン・コレクター」でアメリア・サックスという相棒を得て今はNY市警の鑑識課の顧問として活躍している。ファンが彼のことを「究極のアームチェア・ディテクティヴ(安楽椅子探偵)」と呼ぶゆえんである。
ライムのこの特殊な事情ゆえに、捜査の実務を担当する面々が文字通りのドリームチームでこちらも素晴らしい。「バーニング・ワイヤー」では最近活躍の場が少なかったフレッド・デルレイがシブく光る活躍を見せるのが大満足だった理由の一つ。ただしもう一人のお気に入り、ローランド・ベル刑事が最後に顔見せ程度だったのはささやかながら不満が残った。彼が2丁拳銃で大活躍するシーンがあったら言うこと無しなのだが、欲張りすぎは下品だ。それは今後に期待したい。
リンカーン・ライムに限らずディーヴァーの作品を読む醍醐味は、悪と向き合う楽しさにある。ストーリーが進むにつれ犯人もしくは関係者全員の悪意、心の闇の部分が明らかにされていく過程は圧巻である。それを長編だけでなく短編でもやってしまうのだからこれはすごい。たとえ短編1篇でも最後に必ずどんでん返しが用意されている。「クリスマス・プレゼント」のような短編集を1冊読むと、逆転劇を10回ぐらい見せられるので、長編よりぐったりする方もいるかもしれない。
追撃の森」(こちらは文庫版)のようにストーリーが追走劇で、追う側と追われる側の視点が交互に入れ替わる時など、追う側の活躍だけでなく追われる側のキャラクターに魅せられてしまう。犯行の手口以外の部分で、犯人が持つ強いこだわりについて語られることが多いのもディーヴァー作品の特徴である。
 最後に「バーニング・ワイヤー」のラストについて。
「時代は変わる。人間も変わらなくてはならない。どんなリスクがあろうとも。何かをあきらめなくてはならないにしても」
「親しくしていたある人物」の、この言葉に触発されて、ライムはラストで重大な決断を下し、実行に移す。現実世界では、山中教授がノーベル医学・生理学賞を受賞したことでもあるし、ぜひライムにiPS細胞による再生医療技術の恩恵がもたらされるといいな、と心から願っている。

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2012-12-23 23:09:27.0 正月は背筋伸ばして葉室麟

「ゆるぎなき凛とした作品で注目を集めている」
今年直木賞を受賞した「蜩ノ記」の奥付には、葉室麟の作品をこう評している。とはいえ一歩間違えば浅薄な綺麗ごとのレベルに落ちてしまう危険があるため、このように評される作品を世に送り出すのは実は意外に難しい。いわばそのバランス感覚こそが時代小説家の持ち味であり、葉室さんの場合その集大成の一つが直木賞受賞作の「蜩ノ記」だろう。
葉室作品はまずタイトルと装丁がよろしい。書架の前に立ち外観を眺めるだけでも十分楽しいが、もちろん読むことをお勧めする。ぶれない生き方を文学に学ぶなら葉室作品はイチオシである。
先月図書館で見かけて読んだ「蜩ノ記」に続き、先日「橘花抄」を借りた。私の所要時間はどちらもノンストップで5時間強。時代小説の初心者でも読み易いと思う。正月に初詣以外にも少しは厳粛なことをしたい、すがすがしい気持ちで一年を始めたい、とお考えの方には是非おすすめしたい。
筑前黒田藩士の娘、卯乃は父が切腹したのち身内の誰もが引き取りを拒んだため、隠居した前藩主の重臣、立花重根のもとに身を寄せる。数年後、重根は卯乃を後添えにと申し出るが、間もなく卯乃は失明してしまう。重根の義母りくや周囲の人々の温かい思いやりに導かれて卯乃は美しく優しい、そして強い女人に成長していくというのがストーリーの主軸だが、背景には藩主黒田家の父と子、兄と弟の二重の確執、藩内における派閥争いと、立花家の同じ女性を思いながらも確執とは全く無縁の重根、峯均兄弟の兄弟愛、やや複雑ではあるものの、怨恨とは程遠い峯均と別れた元妻、継母と継子でありながらこちらも確執とは無縁のりくと重根、とすべてが対比して描かれている。
卯乃と立花家の人々は次々と悲運に襲われ、結果としてその権勢を失うが、困難のさなかにあっても自分を見失わない、ぶれない生き方を貫き通す。これはこれでハッピーエンドだな、と思わされてしまうところが不思議である。
ただし見習うのはかなりしんどい。葉室流「ゆるぎない凛とした生き方」の探求は三が日まで。それが過ぎたらほどほどにするのが今を生き抜く知恵である。

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