裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2018-04-08 19:57:03.0 フロスト始末・R・D・ウィングフィールド

 R.D.ウィングフィールド「フロスト始末」を読み終わるまで2週間かかった。 

 ボリュームはなかなか。だが、2018年版「このミステリーがすごい!」海外部門で堂々の第1位、文章のテンポが悪いわけでもない。なぜ昔のようにイッキ飲みならぬイッキ読みが出来ないのか・・・ここに来て読みのスキルが急降下したのを痛感する。フロスト警部シリーズを読むと、特に痛切に感じる。 

 第1作「クリスマスのフロスト」を読んだ頃はこうではなかった。作品自体も上下巻ではなく、もっとタイトだったし、次々と起こる凶悪犯罪に対する私の耐久力も、今よりずっとあったような気がする。それもそのはず、2018版「このミス」によれば、第1作が登場したのは94年版。読んでいた私は今より二回りも若かったのだ。どうりで読み終わると疲労困憊するわけだ。 

 

 さて、「フロスト始末」だが、冒頭で犬が人間の脚らしきものを加えて登場してきたのを皮切りに、変死体が次から次へと登場する。かと思えば、幼児の連れ去り、小児性愛嗜好者による画像の交換会、地元のブラック企業であるスーパーマーケットへの恐喝、連続少女強姦事件と拉致事件などなど、デントン市は相変わらず物騒なベットタウンだ。

  我らがフロスト警部の身辺も何やらきな臭い。絵にかいたような俗物のマレット警視がフロストをデントン警察署追い出すべく、スキナーという警部を呼び寄せる。追い出しを食い止められずに自棄になったフロストの思い付きと勘による行き当たりばったりの捜査は極限に達するが、果たしてフロスト警部がデントンを去る日がくるのか?結末は読んでからのお楽しみである。 

 作品紹介では彼が亡き妻との新婚生活を回想し、しんみりするところを見どころとして挙げているが、私のおススメは、何といっても廃業した精肉店での乱闘シーンだ。悪夢を見そうなくらい迫力があるので、できれば寝る直前に読むのはお勧めしない。 

 ちなみに、全作品をよーっく読んでみるとわかるのだが、フロスト警部はグロテスクな死体の話と下ネタは連発するが、案外女性の部下に対するセクハラ発言がかなり少ない。なんだかんだ言って、ジャックはキホン、いいやつ、なのである。

 

2018-03-25 19:06:22.0 「お伊勢参り」平岩弓枝

 重量感のある作品や一見の作品が続くと、楽に読める作品が読みたくなる。難解かどうかよりも、なじみがあるかどうかのほうが重要で、平岩弓枝さんの「御宿かわせみ」シリーズはその代表格である。 

 シリーズ最初で最後になるであろう長編「お伊勢参り」は、例えてみると長編TVドラマで、ストーリーが半ばまで来たところで、「今からでも間に合う『御宿かわせみ』を10倍楽しむこれまでの総集編」のような、来し方を振り返り次回作への期待を促す作品である。 

 台風の被害で大規模改修を余儀なくされ、長期休業となった御宿かわせみ。女将の神林るいは旧知の仲の畝千絵の誘いで伊勢参りに行くことになったのだが、道中は何かと問題が発生し、さながら「明治の東海道ロードムービー」のような様相を呈してくる。 

 また旅館業から解放されたるいは、客として旅をする気楽な身分であることから、徳川の御代から明治維新を経た現在までを回想する。 

 伊勢から戻ってかわせみを再開し、るいには初孫、千絵には二人目の孫の知らせが届いたところで物語は終わる。

 

2018-02-25 20:26:06.0 「ギリシア人の物語Ⅲ・新しき力」塩野七生

 アテネの繁栄の頂点と凋落を描いたⅡを返して新しく入った本の書架を眺めていたら、塩野七生「ギリシア人の物語Ⅲ・新しき力」を発見。せっかくだから続けて読んじゃえ、ということで借りることにした。 

 デロス同盟の崩壊によってアテネがギリシア世界の盟主の座を失い、スパルタが台頭してくるところから物語は始まる。スパルタに続いてテーベが台頭、それでもギリシア世界の凋落は止まらず、後半は彼らに変わって地中海世界の主となる「新しき力」、マケドニアのフィリッポス、アレクサンドロスの親子へと物語は進み、最後はアレクサンドロスによるヘレニズム世界の完成と早すぎる彼の死、その後の内紛で物語は終わる。 

 キリスト教とは全く無関係でありながら、後世大王、大帝の称号を付けて呼ばれる王はアレクサンドロスだけだという。それだけではない。欧米にはアレクサンダー、アレクサンドル、アレックス、アレクサンドラ、アレクシスなど、彼にあやかった名前の持ち主が多数存在する。 

 何がそんなに人々を惹きつけるのか、については理解できるようなできないような、と私の見解は複雑だ。その偉業を見れば「あっぱれ」の一言だが、ああいう男が身近にいるってのは「ムリ」かもしれない。仮に私が男で彼の家出仲間の一人だったら、「勘弁してほしいっす、でも王様についていくっす」とあらゆる分析行動を放棄し、無条件降伏しないと行動を共にできない気がする。 

 凄いことはもう一つある。ペルシア王のヘタレぶりだ。アレクサンドロスの非凡さを「へへーっ」とひれ伏す思いで読む私に、そのヘタレっぷりは一抹の慰めを与えてくれた。思わず「王様なのにダリウスひどすぎ。でも、意外に嫌いじゃない」と呟いてしまった。

 

2018-02-11 22:40:42.0 「AX(アックス)」伊坂幸太郎

  冒頭に「蜜柑」と「檸檬」が出てきたところで、あ、これは「グラスホッパー」や「マリアビートル」に続く、妙な殺し屋が活躍するお話だな、と察しがついたが、当たったのは「妙な殺し屋」の部分だけで、あと半分は…活躍はしているんだが、何だか切ない。 

 とにかく殺し屋「兜」の恐妻家ぶりが面白い。妻の機嫌を損ねないように何があっても反論しない。その一方で、生い立ちに家族愛が皆無だった「兜」は、家庭を持ったことで裏家業の仕事のモチベーションに変化が現れる。エージェントというよりは元締めのような「医者」からの、ほとんど脅迫のような仕事の依頼を「兜」はどうかわすのか。これがかなり予想外の結末。最終篇の「FINE」では息子の克己が父の秘密に肉薄するが、そこにあの「医者」が現れて… 

 伊坂さん曰く「今までは息子の視線で物語を書いてきたが、自分も結婚し子供が生まれて、父親の視点というものが生じてきた」ことが作品に反映しているという。なるほど、これが伊坂流「父の愛」なのね、と楽しく読んだ。

 

2018-01-28 22:51:00.0 「カールの降誕祭」F.V.シーラッハ

  見た目の薄さとタイトルの降誕祭という単語から「シーラッハはハートフルもいけるのか?」と思った私は大バカだ。よく見たら、「犯罪」や「罪悪」と同じく絵はタダジュン。ハートフルなわけがない。

 

 シーラッハの小説はもちろん面白いが、訳者酒寄進一による巻末のあとがきも面白い。今回は「カールの降誕祭」の解説の部分での、あるインタビューでのシーラッハの発言が印象的だった。高名な刑事事件弁護士であるシーラッハ曰く、ドイツではクリスマスに殺人事件が頻発するそうで、理由は「会いたくない家族に会うせい」だという。日本でも、お盆だ墓参りだ年越しだと帰省を負担に思う人は少なくないだろうが、犯罪統計に影響を及ぼしているんだろうか。警察関係者に聞いてみたいものである。

 

 このエピソードを読んで思い出したのが、40年近く前、中学時代に吹奏楽部で見たファゴットの練習教本にあった写真だ。著者がドイツに留学していた時、クリスマスに誰かのお宅に招待されたときの写真。注釈には「ドイツではクリスマスを一人で過ごすのは不吉なこととされ、家族もしくは親しい人と共に祝うのが望ましいとされている」とあったが、そう単純な話ではないらしい。

 

どれも100頁に満たないが、とにかく内容の濃い短編が3篇。決して心はほっこり温まらない。それでもシーラッハに、この素敵な贈り物のお礼を言いたくなるである。誰かに贈るのはリスクが大きいが、日々頑張っている自分へのご褒美なら、絶対お勧めの一冊である。