裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2020/10/02 06:16 「清明・隠蔽捜査8」今野敏

 「秘密の森」十三話の原稿が間に合わず、十四話も見ることが出来ない・・・ってことで、今回は「書架の森を行く」なんか久しぶりです。 

 前作「棲月」のラストで竜崎をのせて大森署から神奈川県警へ向かって走りだした公用車が、神奈川県警察本部へ到着するところから「清明・隠蔽捜査8」は始まる。 

 陣頭指揮を執る最初の事件現場は町田市。おなじみの伊丹刑事部長の言葉を借りると町田市と言うのは「神奈川県川崎市と横浜市に盲腸のように突き出している」ため、警視庁と神奈川県警の合同捜査の形をとる必要があり、着任早々竜崎は古巣の警視庁刑事部の顔なじみと、かつての捜査で面識があるが、ほとんど初対面の新任地の捜査員たちと共に事件解決に奔走する。 

 刊行が20201月とリアルタイムに近い。 

 例えば町田市と町田市民は、普段他の都民からは前述の地理的事情から神奈川県、神奈川県民とみなされているのに、一応(?)東京都なので今回Go toキャンペーンから除外されたことを大変不服に思っているとか、外国人、特に中国人による刑事事件に対する公安・外事警察や外務省の過剰なまでの忖度に対する批判とか、随所にタイムリーなエピソードがちりばめられている。 

 警察官僚である竜崎がその矜持を見せる、終盤の外事二課の捜査員や警視庁公安部長との会話は、本来激しいやり取りの応酬と息詰まる展開でストーリーの要となるはずなのだが、困ったことにこのシリーズを長年愛読している私には、なぜか爆笑シーンになってしまっている。 

 これは、竜崎の女房役(?)がすっかり板についた伊丹刑事部長の存在が大きい。 

 今回も原理原則亭主竜崎の言動に言葉を失う面々に、女房伊丹はある時は相手を励ますように、またある時はなだめるように、またある時は渋く竜崎を援護しながら、対話が円滑に、かつ有意義に進むよう心を砕く。今回も 

吉村(公安部長)「噂どおり、この人はかなり変わっているようだね」 

伊丹「はあ・・・それは間違いありませんが・・・」 

吉村「噂の竜崎が、こんなばかとは思わなかったぞ」 

伊丹「ええ・・・。たしかに、ばかです。いい意味でも、悪い意味でも」 

彼がここまでお膳立てしたところで、吉村に「そんなことではキャリア官僚はつとまらん」と言われた竜崎は 

「これまでつとめてきました。これからもつとめていけると思います」 

としれっと言い放つ。これで爆笑しない方が無理というものだ。 

 ところで今回の異動で、竜崎に「理解ある上司」という大きな変化が生じた。 

 佐藤実神奈川県警本部長は、前任者からの強い進言で竜崎を神奈川に引っ張ったのだ、という。冒頭でいきなり、ぞんざいな言葉遣いでさばけた雰囲気を発散してくる佐藤だが、彼はどこかで豹変するのか?と心配していたら、終盤でも 

「あっそ。ご苦労」 

「え、何それ。国家安全部ってやばいじゃない」 

とその軽やかさは変わることがなかった。そして事実をありのままマスコミに発表したいという竜崎に「隠すのは嫌いなんだね」と念を押し、「公務員が国民に隠し事をして、いいことなど一つもないと思います」という回答を笑い声で了承する。シリーズ中決して竜崎の無茶ぶりに動じない唯一のキャラが、今後どんな活躍を見せるのか、わくわくしているところである。