裄は短しタスキは長し

数種類のテーマを軸にその時の気分で書きます

2020/04/28 07:33 「スティール・キス」J.ディーヴァー

 今野敏「棲月」の犯人は、ハッキングによって首都東京のインフラを混乱させた。

 2017年刊行でリンカーン・ライムシリーズの第12作、J.ディーヴァー「スティール・キス」は、ショッピングセンターのエスカレーターが遠隔操作によって殺人の凶器と化す場面から始まる。

 本作ではライムとサックスのコンビに大きな変化が目白押しだ。ライムが犯罪捜査のコンサルタントの職を辞し、大学で教鞭を執ることになった。さらに今回、冒頭のエスカレーター事故の訴訟のため、証拠品の鑑定を依頼されたライムは、熱心かつ優秀な女性の受講生を弟子として新たにチームに加える。

一方ライム不在の捜査に苛立ちを押えられないサックスは、難航する捜査活動に加え、出所してきたかつての恋人ニックが「過去の事件は実は弟を守るために自分が身代わりになった。」と告白される。ついては冤罪を証明するために助けてほしいと依頼されるのだが、その結末が、うわぁ・・・である。

 ヴァーノンの身柄確保はとても印象に残った。犯人の境遇に同情を覚える、というのはディーヴァーの作品には珍しい。

 ところで舞台となったクイーンズのセント・ジョン墓地の描写で、「元NY知事のマリオ・クオモ」とあり、あれ、今の知事もクオモだよね?と思って調べてみると、現職のアンドリュー・クオモ氏はマリオ氏の息子とのこと。時間の経過を感じるのはこういう時だ。

 最後に本作の特大級の変化について。ついにサックスの左手の薬指に指輪がはめられる。

 

ところで。

コロナ対応のため、緊急事態宣言を受け、妙高市図書館がついに臨時休館になった。

ワークシェアの間、森を散歩してネタを仕込むという計画がいきなり頓挫し、途方に暮れている。

2020/04/23 21:36 「アライブ・がん専門医のカルテ」2020年 フジテレビ系

 世間一般の注目度から言えば、同じ病院が舞台のドラマなのに、「恋は続くよ どこまでも」は翌日話題になっていたのに、「アライブ」はあまり話題になっていなかったように思う。ドラマの現代性とかメッセージ性とか、もっと話題になってもよかったと思うが、重いテーマではあるし、基本的には1話完結の形式なので、他人と感想を気軽に語りにくかったかもしれない。

 でも「翌日学校や職場でなかなか話題にすることは出来なかったが、個人的には結構好きだった」そんなファンは多かったと思う。そう思わせる完成度の高いドラマだった。

 腫瘍内科医、恩田心(松下奈緒)と彼女が勤務する病院の新任の消化器外科の専門医、梶山薫(木村佳乃)という二人の女性の専門医が、患者さんの命と未来を救うべく力を合わせてがんと闘う、というのがストーリーの基軸だが、薫には心の夫に関する秘密を抱えていて、それがもとで、中盤で二人の関係に大きな溝が生じる。

 その後二人がどうなったかは・・・ここには書かない。いつか再放送で、または見逃し配信でドラマで見届けて下さい。

 基軸の二人の間のストーリーに加えて、関わる患者さんたち、同僚医師、研修医、心の家族、薫の元上司(恋人?)、それぞれのサイドストーリーが、ドラマの面白さを引き立てている。

 例えば、心は臨床医でありながら、不慮の事故で意識不明となった夫の妻であり、息子をもつワーキングマザーであり、後にシングルマザーとなる。一方の薫は父を医療事故で無くしている一方で、自らの過去の手術中の医療事故に対して苦悩を抱えている。また優秀な外科医であると同時に、数年前に乳がんの手術と術後治療を経て現場復帰したがんサバイバーでもある、という複雑な背景を持っている。

 他の登場人物もほとんどが二人のように、相反する二つの立場を持ち、双方の視点で事象を見つめている。人物の背景が複雑だとストーリーが難解になったり、矛盾だらけで破綻してしまったりしそうなものだが、これが意外にすっきりとまとまっているので見ていて安心できる。

 

 最後に、何よりも気に入ったテーマソング「はるどなり」について。

 「はるどなり」の歌詞には「呼吸」「息」という言葉が頻繁に出てくる。生きている証である息遣いを意識した曲作りだったのだろう。見晴らしのいい水辺のデッキで風を感じながら深呼吸する松下奈緒の姿は、歌と重なってとても印象的だった。是非、続編を期待したい。

2020/04/19 13:30 「手掛かりは『平林』」愛川晶

 神田紅梅亭寄席物帳シリーズの第6弾。本作からは前作で山桜亭馬伝さんの弟子になったお伝ちゃんが、前座修行や自分の出生の秘密や、訳アリの登場人物たちに翻弄されながら、女性噺家として一歩一歩進んでいく姿を前面に出し、馬伝さんとその妻亮子、神田紅梅亭のお席亭、大師匠の山桜亭馬春らの主要キャストは、お伝ちゃんを見守る立場に移動した。

 お伝ちゃんは事情があって実母は消息不明、おじいちゃんは東日本大震災で津波の被害に遭って行方不明、おばあちゃんは心労がたたって震災関連死で亡くなり一人ぼっちになったが、縁あって山桜亭に入門した。若いのに苦労人で気働きが良く、きりっとした美形で頭もよい。落語界の重鎮たちにも、お席亭やひいき客にも可愛がられ、少しづつ明るさを取り戻してく姿と、時々おじいちゃんに書く、というか語るお手紙の文面が健気で愛らしい。

 構成は表題作手掛かりは『平林』」と「カイドウロウケツ」の2篇。後者は事件の真相があまりに複雑すぎて、家系図を書きながら読みなおしたのだが、夫婦をつなぐ横線と親子をつなぐ縦線が上手く引けず、結局図は完成しなかった。

 表題作にある「平林」は、以前馬伝さんが高座にかけて、ひいき客のが連れてきたお孫さんに大うけしていた1席。ほかの高座でも「横浜(ハマの)雪」や「示現流幽霊」をやったりしていて、くすぐられた。

 

 それにしても・・・

最近、文化会館もリージョンも新井文化ホールも、落語の興業が全くない。今この瞬間はコロナで無理だろうが、もっと何とかならないんだろうか?ライブがライブなら、メディアもメディアで、スポンサーがつかないのか番組がうんと減った。以前BSテレ東でやっていた「いまどき落語」のような番組を是非お願いしたい。

2020/04/15 21:25 「カラマーゾフの兄弟」2013年 フジテレビ系  

 3月末にはおそらくこうなるだろうと予想はしていたが、予想通りスカーレットロス、八郎さんロスに陥り、今も続いている。

 とりあえずグリーフケアの対策として、八郎さんの見どころをダビングしたDVDはまだ消去していないが、松下洸平さんのそれ以前の出演作が見たいよね、ということで探してみたら、韓ドラの視聴で度々お世話になっているFree Drama OnlineJapanese Dramaのリストに「カラマーゾフの兄弟」(Karamazov no Kyodai)があった。

 

 ロシア文学、というと登場人物の名前でまず挫折する。

フルネームは、まずもって1行では収まっていない。しかも、アレクサンドルがサーシャ、とか通称、愛称が分かりにくい。機会があればチェーホフの短編集に挑戦したいな、と思うこともあるが、トルストイもドストエフスキーも遠慮したい気持ちに変わりはない。

 ただ、舞台を日本に置き換えてドラマ化、となれば話は別だ。スラブ行進曲をはじめとするクラシックの名曲とローリングストーンズやレッドツェッペリンなどのロックの古典ともいえる名曲をBGMに、重厚な空気が画面から発散される。

 2013年、オンエア当時の松下さんは、今より頬がふっくらしており、今よりちょっと幼くてかわいらしい印象を受ける。あらすじはブログ等で他の方が細かく解説してくれているものがあるのでここでは触れず、松下さん演ずる黒沢家の使用人、末松進についてだけ書かせていただく。最低限の説明は必要だと思うのでネタばらしをするが、劇中の殺人事件の真犯人はこの末松である。

 ドラマを放映時にリアルタイムで見ていたら、受け止め方が違ったのだろうが、今最終話の黒澤勲役の市原隼人さんと末松役の松下さんのシーンを見ると、自分が完全に末松の視点にロックしていることを自覚する。

 殺人を「処刑した」という末松の言い分には勿論賛同できない。だが犯行を告白する彼に対する勲の反応に、「そこまであからさまに拒絶しなくても」と、末松に同情するというか、勲に対して「アンタには支えとなる兄弟がいてくれただけ、マシじゃん。」と末松の孤独に全く寄り添ってやれない勲に反感を覚える、という変な感情が生じて、我ながら可笑しくなった。あそこで末松が逃げ出す前に、林遣都さん演ずる黒澤涼が家に到着していたら、彼なら違う反応をしたのではないか。それなら末松に、もっと救いのある結末になったような気もするが、ロシア文学は弥陀の慈悲とは無縁だから、そうもいかなかったのだろう。

 

 余談だが、黒澤涼役の林遣都さんは大野信作役で、松下さんと「スカーレット」でも共演、涼の恩師の園田教授は「もう一度君にプロポーズ」「捜査会議はリビングで」「捜査会議はリビングで・おかわり」で共演、黒澤家の元家政婦、丸山八重子役の山野海さんも「捜査会議はリビングで」「捜査会議はリビングで・おかわり」で共演している

2020/04/11 22:43 「日の名残り」The Remains of the Day 1993年

 少し前からカテゴリのタイトル「いくつになってもテレビっ子」が、今一つしっくりこないと感じていた。

ドラマの感想は回数がすすんで中盤になってから紹介しても、ストーリーが追えずに楽しめないかもしれない。ひどい時は最終話を見終わってから感想を書きたくなる。オンエアに間に合っていないが、どうしても伝えたい、と思ってしまう。

 地上波、BSとも昔ながらの再放送は今も健在だし、最近はネットでの見逃し配信も充実している。取り上げるドラマの進行の程度を、以前ほど気にする必要はないのかもしれない。ならばカテゴリーをえいっと改称してしまえ。

 ということで、名称を「いつか再放送であいましょう」にしました。ドラマだけでなく、映画も対象です。DVDレンタルなどの参考にして頂ければ嬉しいです。

 

 というわけで、改称第一弾は映画「日の名残り(原題The Remains of the Day」。原作カズオ・イシグロ。監督ジェイムズ・アイヴォリー。主演アンソニー・ホプキンス。1993年公開。

 監督がアイヴォリーだったかー。どうりでイギリスの上流階級、支配階級のお屋敷と暮らしぶりの映像がリアルだよなーと納得していたが、検索して確認したらアイヴォリー本人はイギリス人ではなく、アメリカ人と知って大変驚いた。

 カズオ・イシグロの原作は、日本人と日本人以外の人、とりわけヨーロッパ圏の人で、感想がはっきり分かれる、という特徴があるらしい。映画版も原作の空気感を忠実に再現しているので、やはり同じ印象だと思う。

 具体的に説明すると、私は日本人なので、これはイギリスの貴族のお屋敷に仕えた執事が一人称で語る物語で、主のゲストのもてなしや、日々の暮らしぶり、仕事ぶりを見て、当然イギリス的だと受け止めるが、日本人以外の人は、父の臨終よりもゲストのもてなしが第一の執事、スティーブンスの厳格でストイックなプロ意識に日本の侍のような印象を受けるのだという。

 

 イギリスの御領主さまのお屋敷は邸宅そのものも、調度品も、そして当然、広大な庭も美しい。

 いただけないのは、ダーリントン卿の人となりで、崇高すぎる理念と中途半端な善良さしか待ち合わせていない彼は、ドイツ人の親友と敵味方に分かれて戦うことになったために、厳格な平和主義者となったのはいいが、戦死した親友への哀惜から親ドイツの態度を隠そうともしないし、ユダヤ人の娘を雇い入れてリベラルなところを見せようとしたのもつかの間、自分のゲストに不愉快な思いをさせるわけにはいかないのだと彼女たちを解雇し、解雇したらしたで、今度は良心が痛み出し、もう一度雇ってもいい、とスティーブンスに行方を探させる。そのキャラクターが、冷酷なまでに職務に忠実で、ストイックな執事スティーブンスのそれと対照的、というのが面白い。

 もう一つ面白いのは、件のお屋敷は間違いなくイギリスの貴族の館なのだが、まるで日本の忍者屋敷の隠し扉のように、使用人たちが行き来するための裏階段に通じるドアが、だまし絵のようになっている。