Kids体育クラブ

クラブの案内・お知らせ

2014/03/19 06:00 ゲ(→)ームではなく、ゲ(↗)ームを作ろう

3月になると、幼児は中当てゲーム・小学生はドッチボールを行います。

子どもたちは、目をキラキラさせてボールに当たらないように逃げ、お友だちに当てるよう狙って投げます。

 

その中で、小学生のドッチボールの時に「先生のルールに顔面セーフはなし!」と指示しました。

「先生たちが子どもの頃は顔面セーフはなかったし、ボールは固かった。大切な顔にボールが飛んできたらどーする? 取る。避ける。それがダメなら払いのけなさい!」と続きました。

 

近年、「転んでも手が出ない子どもが増えた」と言われています。顔に大きな傷を負う子どもも増えたようです。

顔面を狙って投げることをやめさせようと大人が気を回して、ルールを作ってきたのですが、逆にそのことによって、狙われる側の危機管理能力が鈍くなったのかもしれません。

 

当クラブで使用しているボールはキャンディーボール(通称でしょうか?)といってゴムに弾力のある軽いボールです。これに当っても怪我はしないと思います。

学校等のルールと違いますが、この機会に今一度、「逃げる・避ける・払いのける」を練習していこうと思います。

 

また、近年感じていることですが、ドッチボールが下手になっています。

ドッチボールは、ボールが前後左右に飛び交う中で逃げたり、取ったりするのが面白いゲームです。

「誰に当てよっかな~」と一人でボールを持ち、時間を気にせず狙っているお友達。自分の前方の内野にのみ投げ、ボールの動きが一方方向になってしまうなど。

これは、コンピューターゲームの負の産物かもしれません。

コンピューターゲームは自分が主人公で敵をやっつける。自分が周囲に気を配ってコントローラーを動かし、ゲームの他の登場人物が点を取ることやゲームを組み立てることで快感を得る要素は少ないのではなしでしょうか?

 

自分が持っているボールが動かないことで、周囲の動きが止まり、ゲームが進まず、周囲のお友だちがつまらなくなっていることに気づかない子どもたち。 

「もっと、遊ばせなくては!」とクラブの時間は限られていますが、そんな気持ちに駆り立てられます。

「決めた!『ゲ(→)ームではなく、ゲ(↗)ームを作ろう!』をドッチボールの目当てにするぞ!」と。

横で聞いていて、何か響くものを感じました。

 

私たちの考える当クラブに求められていることと、ご父兄の方々が考える当クラブへの要望とは異とすることが多々あると思います。

しかし、この現状を見ていると年々高度な技術よりも基本的な体の動かし方、周囲との関係の持ち方などを大切に思い、これらのことを中心にして指導させていただいているのが現状です。ご理解いただけると幸いに存じます。

そして、今年度は残りわずかですが、引き続き来年度もご理解・ご協力いただけるよう、よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

2013/12/23 13:58 並んでいるときの準備が大切

長縄指導も終盤に入ると、個々の能力よりも、集団での流れやリズムが重要となってきます。例えば、5回跳んで縄に当たらず出るという内容ですが、それを次のお友達が間を空けずに続けて入ることができるようになると、その場の空気に流れができます。流れができるとリズムがよくなり、皆が続いては入れるようになります。すると、不思議なことに相乗効果が起き、長縄の跳び方も皆共に上達します。 

 

先日、幼児のクラスで長縄の大回しの中をくぐり抜けるという練習をしていました。一人、二人、三人と続き、いい流れができたところで、次のお友達が続けて入れず、立ち止っていました。指導者は「『あ、今順番が来た。さっ、やろう』じゃダメなんだよ。並んでいる間に準備をしておかなくちゃ。お友達がやるのを見て、いつでも自分が長縄に入る気持ちで、準備をして並んでいなくちゃダメだよ。」と言いました。

 

長縄に入るタイミングが理解できない自分のプライドが邪魔をして「一歩が出ない」というパターンもありますが、ぼ~っとしていて順番が来て「はっ」と我に返るお友達が多いように感じます。

長縄跳びだけではなく、マット練習でも鉄棒練習でも同じことです。順番に並んでいる時間は「待っている時間」ではなく、「準備の時間」です。その時間を有意義に過ごしている=自分が行う時のイメージトレーニングをしたり、上手にやっているお友達の様子を見たり、先生のやっているお友達に対する声のかけ方を聞いたりしているお友達は、自分の順番が来た時に、その一回の練習を十分に良いものにしています。

また、「準備運動」も準備のための運動。自分の体を怪我なく、最大限のパフォーマンスができるようにするためのものです。だから、覚えるのに時間をかけさせるのではなく、それぞれの運動をしっかりできるように、幼児も小学生も毎週毎週、同じことを行っています。

 

「何事も準備」テストの前には、勉強という準備。夕ご飯を作るには、献立を考え買い物をしておくという準備。風邪をひかないようにするには、体調管理という準備。試合の前には、納得できるパフォーマンスをするための練習という準備。何かをするためには全て準備が必要だと改めて気付かされました。そして、その事がうまくいくようにするには、この準備の内容が大切。何となく準備するのと、やっている様を思い描いて準備するのでは、効果に差があらわれます。そして、その効果により、そのことがより充実感・満足感を増すものになり、更なる向上心を生むのではないでしょうか?

 

来月からは短縄跳びの練習です。スイッチが入り、クラブのある日までに準備=練習をしてくるお友達が例年、数多く現れます。その成長ぶりを見られることが今から楽しみです。

 

今年もクラブ運営へのご理解・ご協力をいただきありがとうございました。皆さん、良いお年をお迎えください。そして、元気な顔で新年一回目のクラブでお会いしましょう。

 

 

 

 

2013/10/11 15:11 待っている人は座って見なさい

待っている人は座って見なさい

 

鉄棒の指導も中盤に入り、小学生は逆上がりの練習が始まりました。順番を待っているお友達に「待っている人は座りなさい」と声をかけます。

しかし、早くやりたいお友達はすぐに動けるように座ることも拒み(聞こえていないお友達もいますが)立って待っています。そこへ「座りなさい!座ってお友達のやっている姿を見る!それが上手になる方法だよ!」と大きな声が響きます。

 

待ち時間が長いから座って待つのではなく、お友達がやる姿を皆が見ることができるように座るのです。時折、「座りなさい」と幼児にも同様に声をかけます。

まだ子供ですから、落ち着いた状態でないと人の様子はしっかりと見ることができません。特に同年齢のお友達のやっている姿、上手にやっているお友達の姿を見ることは上達の近道です。

 見て、イメージを作る。そのイメージを自分の体で表現する。つまり「真似をする」これが動きの習得には欠かせません。

 

しかし、最近この見て真似をすることが苦手になっているように感じます。

小学生の準備体操で、ボールがあるつもりで取って投げる一連のフォームを練習しています。しかし、「あれ?」と思うような動きが多く見られます。指導者の意図を理解できていないからかもしれませんが、ぎこちない動きをする子供たちにちょっと疑問や不安を感じます。

 

要因としては、空想のもの(準備体操ではボールですが)をもったつもりで行う動きを人の前でするという創作ダンスのような感じが恥かしさを生んでいることも考えられます。しかし、投げるフォームのイメージが湧かないことが一番大きいように思います。

 

練習中に「野球を見る人は?」と聞くとぽろぽろっと数人が手を上げるだけ。自分が子供の頃は一家にテレビは一台で、祖父母が相撲を見ていればそれを見るしかなかったし、お父さんが仕事から帰ってくれば、すぐプロ野球のナイター中継を見るしかありませんでした。遊びといえば、外遊びが中心。缶けりや三角ベースやゴム段跳びが中心でした。その中で、動きのイメージを生かして体を動かして遊んでいたのだと思います。

 

次に思うのは、「指示待ち状態」ということです。何をするにも「次は?」「どうすればいいの?」という子供たち。我が家も同様で、「お母さ~ん、これはする?」「洗う?洗わない?」と。自分で考えて行動すること、判断することが苦手なようです。「真似して」では難しく、先ほどの練習でも「左足を前でボールをキャッチして、右手を引いてステップして…」と指示すると何となく形になってきます。指示待ちにしてしまったのは、大人です。最近私も反省していますが、1から10まで言ってしまうことです。本人に任せようと思いつつも、ついつい「~の方がいいんじゃない?」と言葉が出てしまいます。

 

「子供は全然悪くない。」という本もありますが、大人が子供の環境作り、接し方、関わり方などを考えなくてはいけないなぁ…と考えさせられます。皆さんはいかがでしょうか? 

2013/04/30 14:02 「心を鍛えているんだよ。」

春の体操は、徒手運動(体操)が中心です。徒手運動(体操)というのは、器具を使わず、自分の体を使った運動で、身体全体の均整のとれた発育・発達を目的とするものです。例えば、ラジオ体操もその一種になりますが、当クラブでは、ジャンプやケンケンなどの人間の基本的運動や、クマ歩きなどの動物模倣を取り入れています。

会場の広いクラブでは、バスケットコートの縦の長さ(28m)を様々な徒手運動(体操)をして何往復もしています。見ている私は、文句も言わず黙々と行っているお友達を「タフだなぁ~。」と感心するばかりです。

毎年この時期に感じるのですが、続けているお友達の上達していること!
昨年はぎこちなかったスキップがリズム良くできるようになっていたり、ケンケンが足をつかずに長い距離でもできるようになっていたりと、見ていてとても嬉しくなります。
(余談ですが、幼児のお友達の動物模倣の発想には頭が下がります。クマと言えば、鮭を取って食べてみたり、ゴリラと言えば、バナナを何本も皮を剥いて頬張って食べてみたり。何も指示を出していないのですが、模倣して動く途中でそんなことまで模倣しています。見ている私は、毎年心の底から笑いが込み上げてきます。本当に子どもの発想力ってスゴイですね。)

先日、小学生のクラスの中で、クマ歩きをし終わった子どもたちに「コレは何を鍛えていると思う?」と質問をしました。「腕!」「足!」「お腹!」など、様々な考えがでました。どれも正しいのですが、本当に感じて欲しいところは「こころだよ。心を鍛えているんだよ。」と。

私も常々思っていますが、あれだけの長い距離を「手を着いて進め」と命令され、それに文句も言わず、ひたすら従うって…辛抱・我慢ですね。ジャンプにしても、歩いて進めばどんなに楽なことか。大人の私は、楽な方法をすぐに考えてしまいます。しかし、子どもたちは黙々とこなします。心が無だから、素直だから、そして私たちを先生と認めてくれているから。

徒手運動(体操)は単なるその運動だけの練習のようですが、我慢する心も養っています。以前読んだ本の中に、発達障害のお子さんの運動プログラムに両足ジャンプがあると書いてありました。「我慢する」という心をコントロールする練習になるということです。この「我慢する」ということは発達障害があろうが、なかろうが、社会で生きていく上でとても大切なことであり、子供のうちに身につけておくべきことだと思います。相田みつをさんの詩の中に「ひとり」というものがあります。その中で、「ガマン強い、辛抱強い子供に育ててやるのが、子どもにとって一番幸せなはず」とメッセージを残しています。この言葉にとても共感を得ました。子どもたちの我慢する心の成長のために地味な運動ですが、徒手運動を続けていきたいと思います。

2013/03/20 12:58 正しいこと

先日、久しぶりにお友達の心に心からぶつかりました。
指導補助の立場ではほとんどないことなのですが、たまたま指導前に私との関わりの中で生じた出来事に「このままにできない!」という、私の心の声に体が動き、言葉が溢れてきました。

目と目を合わせて心から話す時は、正直迷いもありました。このお友達はこのことで気持ちを乱し、この後のクラブ活動が出来ないのではないだろうか。今このような形でぶつかることは、このお友達にとって一番良い方法なのだろうかと。
しかし、このお友達と今まで培ってきた時間が生んでくれたであろう信頼関係を信じてそのままぶつかり合いました。

その後、心配しながら様子を見ていましたが、そのお友達は必死に自分の気持ちを落ちつかせ、しっかりと気持ちを切り替えてくれました。そして、いつも以上にクラブを頑張ってくれました。

この一件でそのお友達の心の成長を目の当たりにできたことや、そのお友達とのクラブでの時間が私との心のつながりを強く作っていたことがとても嬉しく、今回このようなことを書かせていただきました。

(加えて、そのお友達のご父兄をはじめ、皆さんがその様子を見守り、その後もそっとしておいてくださったことに感謝し、お礼を申しあげます。)

今回の件はクラブ開始前でしたが、時として、クラブ中に体育指導とは関係ない部分でお子さん方に指導することが多々あります。何が正しく、何をもって物事に向かえばよいか…。子どもたちにとっては、つまらなく、時には意味が半分も分からないこともあるでしょう。
しかし、私たちには伝える責任があります。義務があります。「kids体育クラブ」に席を置いていただいている以上、私たちが考える正しいこと、教えてもらう姿勢、学ぼうとする心構えも習得して欲しいと思っているからです。

私たちが考える正しいこととは道義(人としてふみ行うべき正しい道)です。
例えば、クラブでは走る前にスタートラインから少しでも足が出ていたら指摘し、直させています。本来なら、競争しているわけではないので、グレーゾーンとして見逃していいことです。社会には濃淡様々なグレーゾーンがたくさんあります。ポイ捨て、土足…。子どものうちからそれを安易に受け入れていたら、大きくなってブラックに近いグレーゾーンを平気で行うようになるのではないかと懸念しています。でも、決められた線からスタートするというような些細なことにも目を向け守ることができていたら、様々なことに対してホワイトに近いグレーゾーンで行動する=良識のある大人になれるのではないかと考えるからです。

一人の大人として未来を担う子どもたちに道義を指し示せたらと思い、貴重なクラブの時間を削って心の指導をしています。これが当クラブの特色です。ご父兄の方々がこの間(指導時間を過ぎる時もありますが)、何も言わずに耳を傾けてくださっていることに日々感謝しております。しかし、まだまだ未熟であり、私たちの一方的な価値観での説教であることは否めません。何かご指摘等があれば、いつでも、どうぞお申し出ください。
今後とも、kids体育クラブをよろしくお願いいたします。