ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2010/06/26 17:48鉢飛び伝説はどうして生まれた?・1

鉢飛び伝説はどうして生まれた?・1

奈良時代の高僧泰澄和尚の弟子沙弥(臥行者)、は毎日、海を眺め沖を通る船に「鉢」を飛ばし糧を得ていた。この様な伝説は各地に見られる。

伝説、神話として云い伝えられる事として見れば良いのかも知れない。

頸城平野の東部丘陵の海よりに在る米山、この南側の寺に伝説の石碑が立つ。

だか此処から日本海は望めない、なのに何故沖の船に「鉢」を飛ばす事が出来たのだろうか。
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鉢を空に飛ばす位だから、そんな事は考えなくても、お見通しなのかもしれない。

米山に付いては此の、鉢飛び伝説により「米」が飛んだので米山説。
山頂近くまで「米」が栽培されて居るから米山説が有ると聞く。

高僧泰澄和尚な実在の人物とされている。弟子沙弥(臥行者)も実在の人物と考えて良いだろう。

出羽の住人上部清定が、上米を運んでいたとされる事も、人名はともかく上納米が運ばれて居た事は確かだろう。

此れに対し、通行税、寄港給水等消費物資等の手数料も当然要求したと考えられるが、上納米との名目で、拒否軽減を求めた事も考えられる。

此れが鉢米、拒否として語られた事に無理は有るだろうか

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