ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2010/07/05 18:00直江津の由来

4日に「市名を考える市民の会」で地名の検証が行われた。
今回のテーマは直江津。
発表者は牧野守氏。

上越市史を中心に「直江津の由来」と題し話された。
直江の名の起こりは諸説ありとされ

①・古くは直江荘で有った事による。

②・直江氏が此の地を支配していた事による。

③・アイヌ語のナヨップ(海と川口の間の集落)がなまった事による。(直江津今昔物語)

④・和むの動詞が変化した。(直江津今昔物語に在るが否定的記述)
 
また直江津町史では「直江」に付いて「越中から来た場合、郷津あたりまで岬や岩が有ったのに、ここから直線とも云える海岸線で単調な砂浜が続く事になる、つまり直海で有り直江で有る」としている。
等、身近な書物より地名の成り立ちを紹介された。
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又その後江戸期からの、今町と直江津の関係から、時代による「地域名」の変化等が話された。

此れ等に対し参加者から多くの意見が出された。

特に「直江」の始まりは古く「上杉家・直江家」以前から地名として在った様で、直江家が「由来」とする、郷土史研究家の意見には否定的な様である>(この項、宮澤の感想) 

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Comments

上杉の水野家、家紋は、水に オモダカ のち 直江分家筋に、丸に オモダカを 持っている一族も、居る
また 出雲より 分散した直江は、北九州 新潟 米沢と 出雲、斐井川 河口に、宍道湖と言う海が、在る
そして 直江家の家紋は、
二重亀甲 花菱 出雲大社の神紋は、二重亀甲 剣花菱
そして 因幡の国 売沼神社の社に、オモダカ【水草】の彫り物が、意味も無く武士の時代1500年代より速く 造るだろうか

古事記 出雲風土記 日本書記から、また 出雲の直江に、御井神社にて、二重亀甲に 三 の神紋が、伝えられてます。

大国主命の長男で、安産の神 井の神が、奉られています。大本家、直江家20数代 明治16年 戸籍改正時に、改名して 本家、直井家 その分家に、米沢より江戸へ、移り住んだ際、折れた日本刀 が、数本 蔵に、昭和末まで、在り ご先祖様から、井戸の話しも、残っていた。

投稿者: 出雲大社 相模分祠 神道  2011/12/13 23:13

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