ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2011/09/25 20:51我が地域は「頸城地方」である

新幹線駅名に対する動きや提案が多い。
だがその提案、どこか下心が感じられる。

高田・妙高・謙信・等‥、まだ上越が多くないだけましか。
この地域を「云い現わす表現」は、なんなのだろうか。

もっとも古くから使われて居たのは「クビキ」なのではないか。
この地域名少なくとも1300年以上の歴史ある地名である。


この地域名を最初に村名として、使ったのは明治22年の合併で大瀁郷の約30の村落が合併し使われた「頸城村」、然し明治32年の合併見直しで「大瀁村」に吸収合併が為され、この村名は無くなったのである。

然し昭和30年代の合併で大瀁村と明治村が合併し「頸城村」は平成の合併まで存在したのである。

この地域を代表する地名「頸城」が何故・直江津・高田が合併した際なぜ使われず「上越市」の成ったかを考えるべきではないか。

歴史ある地名を使わず、歴史の浅い地名を使わざるをえなかった、それは誰も云わない、触れたくない、部分なのかもしれない。

それは、使いたくとも先に使われていたからでは無いだろうか

「上越市」そんな地名も使われ出した40年を経過「愛着」を持たれる地名と、云う人も居る。

漢字表現は色々ある「頸城」「久比岐」だが後者は柿崎区に存在する「高校名」に使われてしまった。

そんな事で、誇り高い「上越市民」は「クビキ」を、使いたくは無いのであろう。

「高田」はこの地域を包括する「地域名」では無いと小生は思っている

だがもう一度訪れる「大合併」この時の新市名は如何為るのかである。

妙高・糸魚川・上越この包括的地名は「クビキ」以外には考えられないと思う。

そうすると、我が地域の新幹線駅名は「クビキ」がらみ、なのではと考えている。

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