ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2009-10-02 08:21:12.0 こんな話、本当?

旧市、地域協議会導入の裏話
 ある集会で、旧市の地域協議会委員の応募不足に付いての話が有った。
私は前回のブログに書いた通り合併に関して色々助言指導が有った、外部委員に問題が有ったと云った。が、ある人は。旧市の「地域協議会方式」の取り入れは、ある画策が有っての事だと話した。

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 それは、編入合併の対象なった旧13町村に取り入れられ様としていた 「地域協議会」を13町村だけでなく、旧市にも取り入れるべきである、それでなければ不公平であるとの主張だったと云う。
 この主張は合併を進める為では無く、 無理な主張をして14市町村の合併を 
「破談」
にするためだったと云う。
 ところが無理と思われた主張を上越市は取り入れる事にした。其の事によって今回の合併が進む事に成ったと云う。
 とすると今回の旧市の地域協議会の取り入れは「旧市」の住民の為では無く、合併を進めるための方策でしか無かった事に成る。 これは単なる出まかせの事かそれとも本当に画策が有ったのかである。合併協議の大詰めの議論、最初から合併協議に係わっていた町村に、後から加わって何を言っているか、の不満が聞かれたのも事実、事の真相を知っているのは誰だろうか。
そんな中、昨日旧市の地域協議会の支援体制が、行政によって作られた。地域が行政の為では無く、
本当に自分たちの為に動く地域こそ大切である。


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2009-10-01 08:14:58.0 なされるがまま

稲株は私達に何を示すのか。

稲文字田の取り入れが終わってやがて4週間、刈り取られた稲束は、ハサにかけられ、美味しい>「コシヒカリ」に姿を変へ食卓に上がり注目を浴びる事だろう。田植えから刈り取りまで「義と愛」で色んなメディアに取り上げられ、注目を浴びた水田に残された稲株、第二の人生を歩むべく再び芽吹いてきた。3087_125435076100.jpg
どうせ実る事は無いと侮ってはいけない、豊かに実りの時を迎えようとして、頑張っていた最盛期の姿を目指して居るのかも知れない。然し此れからの気候は厳しさを増し再び実る事は無理だろう。だが再び芽吹いた稲株は当初の稲文字の姿を現そうと力を振り絞って居るのかもしれない。結果は不十分でも、この芽株少なくとも、太陽光を頂き少ないかも知れないが「酸素」を生みだし「地球温暖化」を防止しているのではないか。人間誰でも年を取り「第二の人生」を歩まざるを得ない。其の時、気張る事無く、今までの職業や、人生経験を生かし、何気なく生きて行く、其れが自然に世の中に役に立つ事かも知れない。
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2009-09-29 08:26:37.0 正直な先生

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医者には痛みが分からない。
2年位前から膝関節が痛み、医者の言葉を信じ色々「小手術」を行ったが良くならない。今年意を決し両足の関節の「骨切り術」を遣って貰う事にした。両足を一度と云ったが、そう行かないはと云うので2月に右足の手術、痛みには強い方だが手術後3時間もすると麻酔が覚め、痛みが増してくる、「看護師」はたびたび巡回痛みを確かめる、我慢はしなくて良いと云うが、どんな痛みが来るのか分からない、いよいよ痛くなり座薬挿入、だが痛みは治まらない、そして注射、効くまで1時間、痛みとの闘い、もっと早く対応して貰えば良かったと思ったが「後の祭り」。左足は5月に手術、今回は前回の経験が生き早めに対応をしてもらったので、余り痛みを感じなかった。其の後担当医が巡回、 「痛みはどうですか、医者は手術はしますが、された経験が無い、だから患者の本当の痛みは分からない」と全く正直な言葉、でもこの言葉最初の手術前にほしかった。 「病んで医者になれ」は患者本位の言葉か。
 最初の手術から半年、お盆には杖ともさらば、何とか二本の足で歩いている。もう少しリハビリに頑張り、「早く直して暴れるぞ・・」の気持ちでブログを書いている。 

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2009-09-27 13:27:03.0 内容小冊子の内容・8.(終)皆で議論を

市名は市の顔 
一口に市名・地名といっても番号や符号ではありません。地名は、土地を表現するいろいろな要素を総称しています。市名は、其の自治体の区域を表現します。地理的・距離的な意味合いを持っているなかで、愛着やアイデンティティ(自己確認)としての役割が大きいと考えています。 では私達の住んでいる「上越市」はどうでしょうか。高田・直江津の合併で世に市名として「上越」が誕生してから三十七年。十四市町村の広域合併で新市「上越」として四年目を迎えました。合併して数十年経った自治体で、市名の変更運動がおこるケースはまれだと聞いています。
上越新幹線や上越線とまぎらわしいという声に「しが成長発展することによって、逆にそのイメージを吸収する日が必ず来る」と行政は強調しますが、未だそうなってはいません。 
私たちは「上越市の名前でいいんですか?」と市民に問いかけてから二年に成ります。市議会でもことあるごとに市名問題が取り上げられています。 これまで会として、新潟県史はじめ中頸城誌、各市町村市などに目を通し、また図書館等で地名や郷土史の調査・研究に取り組んできました。市名・地名を通し郷土と民衆の歴史を考え、自分を見つめることの大切さを痛感しました。 今、市名を議論する意義は、「上越市」に代え真に愛着の持てる市名を作る事にあります。市長は「市名の由来は上越後(かみえちご)にある」と主張していますが、私たちの会で調査研究した結果、その歴史的裏付けが薄いというのが結論です。 すぶり続けている市名問題の原因は何処にあるのでしょうか。「上越」という市名をきめた手続きか、それとも「上越」という名称自体なのか。それとも両方なのか。これが市名を考える「最後のチャンス」と私たちは考えています。
 ぜひ、市民のみなさんの知恵と意見をお寄せ下さい。
今回で小冊子の概要の掲載は終わります。この間書き込みも頂きました。感謝します。

下の二図は、コシ、およびクビキ地域の区域変化等の概要図です(どんかず作)

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2009-09-26 07:23:28.0 桃太郎旗の訴え

はためく旗は何を云う

取り入れが最盛期の農村地域の路肩に、取り入れの安全や、交通安全等を訴える「登り旗」が立っている。その中に此の頃何を訴えるのか良く解らない旗が立っている。代わり映えのしない、何を云おうとしているのか、誰が経ったのか私達には分からない。こんな旗、街中立っていたら、全く目立たないだろう。だから街中で立っているところはある程度限定されて居るのかも知れない。
 云うまでもなく一ヶ月後に迫った、お祭りに関しての>「訴え」だろう。だが何と個性がない事なのか
今は「市民派」を表面に出さないと選挙は戦えないとか、でも庶民には誰が何を訴えているのか皆目見当がつかない。効果が少ないと思われる余計な所に金をかける、こんな首長選びで本当に良いのだろうか。


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