ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2009-11-02 07:16:55.0 出雲崎と古志(高志)

出雲崎と古志(高志)の地名は何故
まず私たちが越後を語るとき、頚城地域が七百年代の初頭の「越」分割の時、越中だったとは驚きだった。
そして「越」が当たり前だと思っていたが 「高志」が正しいとのではの解釈に出会った(小林昌二氏・高志の城柵)。


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「コシ」の表現には「高志深江」高志と、現在の古志郡の「古志」が有り「古志」の地名が越後国古志郡そして、出雲国神門郡古志郷に有ると知らされた。もう一つ自分なりに考えた事は、「高志深江」の地域で有った「出雲崎」の地名がどうして生まれたのか、の疑問で有った。

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前期古墳文化が、頚城海岸地域と蒲原地域に作られ、其れが河川水運によって伝播したと思える会津地域の古墳、当然、水運、舟による交流が有った考えるべきではないか、是は高志深江地域北端の阿賀野川によってもたらされたと考えるのが当然と思われる。
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他にも海上水運によって文化が伝わり、地域征服が行われたと理解すべき事例も多いように感じる。
この様に水運が盛んで有り、技術が有ったとすれば「出雲/古志」の繋がりが、 「船・海上水運」によってもたらされたと思う事も不思議ではないと思えた。
「出雲崎」が先か「高志」 (古志)が先かは解らない。高志の海岸に出雲崎が有った事は歴然たる事実である。
 もし陸路より先に水運により中央勢力の伝播が有ったとすれば「越」の国の由来とされる「都より離れた土地で幾山河を越えなければならない地域」の伝承も薄れて来る事に成る。