ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2009-11-06 08:50:39.0 中越沖震災シンポ報告・4、住宅被害の状態

住宅被害の状態と時代経過

3087_125746075700.jpg

これはこの地域の住宅の概略図です。
新潟県の農村地域の典型的な、田の字型住宅と云う事です。
部屋が田の字になっていて、昔は冠婚葬祭は全部ここで遣ったんです。
この赤い線の所が、ほとんど壁が無いんです。ですから耐力が無いんです。
そしてこの柱(●印)とこの柱が損傷する、そしてこの縁側が崩れるという被害が非常に多かった。


こんな形の縁側倒壊が多かった。 (被災者提供写真)

3087_125746129000.jpg

 揺れと被害の要素ですが、これは地盤と家の構造の関係、これから説明しますが、こういうものが微妙に絡まって来ると云う事です。 


3087_125746162900.jpg

これは、後藤さん(当NPO副理事長)と私が調査に伺ったんですが、この家は壁がほとんど落ちて居ました。(下スライドバック写真)


3087_125746231300.jpg

これは、建物の時代変化の特徴です。
昭和30年以前、竹と葦で壁下地の小舞を作って土を塗ったんです。
そして羽目板はムク材、板そのものを使ったんです。
構造計算なんか無かったです、大工が伝承と経験で家を建てて、いたんです。
大工が腕で、俺はあの家を筋交い1本も使わなかったぞというのが、この時代の家なんです。
私の父もすごく自慢していましたから、結構思ったより丈夫だったんですよ。


 これは昭和30年代から平成にかけて、こういうふう壁下地が変化していきます。
石膏ボードというのがあります。24ミリ位の釘で止めるんです。
ボードに耐力が無いから揺れるとすぐ壁が落ちてしまう、それが此の頃です。
そして昭和50年頃から耐力が考えられ少しずつ工法が変化して、 「筋交い」とか「火打ち」を使うようになります。

 60年以降はこうなったという事です。
多くは石膏ボード下地クロス張りとなります。
石膏ボード自体が揺れに弱いですから、落ちたり痛んだりすると云う事です。
 それから屋根の材料も重要な関係があるという事です。