ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2009-11-11 08:19:21.0 久比岐の意味

久比岐(頚城)の意味する処は?

郡名の由来については「国引き」説、 「古志(腰)」に対する「頸(首)」説、蝦夷を防ぐ為の「杭柵」説、 「くびれた地」
(先頃講演された楠原先生はこの説を強調された)。


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大日本地名辞書(吉田東伍書)では古代の「高志国」と越後制定の際の「古志郡」とは違うものとして考えるべきとの見方を示して居る。

古代の「コシ」蝦夷語、アイヌ言葉の類ではないかとし、古代「コシ」と言う一族が有りそれを古志人(高志人)と言い、其の住む所を高志国(古志)と言ったのではとし、その国に行く道を高志路(コシジ)と呼んだとしている。

さてこの見解だがもし、古代の「高志国」アイヌ語とされた場合、古代の「久比岐」アイヌ語で有った可能性を否定出来ない事と成る。

古代の国造りに出て来る渟足を指すと思われる「深江」の意味するところに検証も必要と成ってくる。


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そして「越国」の意味するところも大和朝廷が幾山河を越えていかなければ辿り着かない遠隔未開の地とする、意味合いも考える必要があるのではと考える。

又大和朝廷を作った人たち以前に、京近くに日本古来在住民族の政権集団が存在し、すでに我が地域を「高志」及び「越」と呼んだのかも知れない、そうすると、当時この地域に住んでいた人は決して未開人ではなく其れなりの文化を持っていたとも考えられる事に成る。

又、 「古志」がアイヌ語で有るとすると「頚城」蝦夷を防ぐ為の 「杭柵」説は否定されるかも知れないし、逆に古来人(蝦夷人)が大和朝廷の進出を防ぐ「杭柵」で有ったのではともいえる。

何にしても「クビキ」の持つ意味合いは今示されて居る四つのほかに有るのかも知れない。