ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2009-11-13 07:41:57.0 ク・ビ・キ、は何処で区切る

クビキ発声は何処で区切る

久比岐あるいは頚城と漢字で表されるが仮名で書いた場合は、 「くびし」あるいは「くびき」と成る。

又発音の問題として「日本古代史地名辞典」などでは「城」が乙音「岐」が甲音で一致しないと指摘しているが、東国では此の様な事が少なくないとしている。(乙音・甲音とは何か調査必要)

又、クビキ(クビシ)の三音をどの様に発音するのかの検証の必要性を示す所見も有る。 

「ク・ビ・キ」「ク・ビキ」なのか「クビ・キ」の発音で意味合いが違って来るようだ。



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 「コシ」といわれる地域に中央勢力の影響が出てきた時期に付いて「高志の城柵」を表した小林昌二氏は前期古墳時代(五〇〇年第前半以前か)にすでに「クビキ」地域を越や高志深江地域と言われる蒲原地域で前期古墳分布が見られるとしている。

能登地域から「クビキ」の海沿いを経て蒲原へ伝わったのはなぜだろうか。

能登から佐渡から頚城や高志深江に伝わったのではないのだろうか。そして水運によって、信濃や会津地域に文化の伝播が有ったと考えられないのだろうか。



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頚城地域の多くの古墳文化は古墳時代後期とされており、特に私が住む清里区岡嶺台地には多くの古墳が有り、私が中学生時代(S三〇年頃)で現在の清里区総合事務所西側五〇M位な宅地から古墳副葬物の直刀が出てきた事が記憶に有る。

このようにクビキ地域を越えた文化の伝承は何故かを考えるべきだろう。