ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2009-12-26 08:14:27.0 朝鮮半島情勢と倭国

朝鮮半島情勢と倭国

弥生時代に始まる階級社会は、地域の統合を進め、各地に「クニ」が成立した。
中国の「魏志」によれば西日本では二世紀後半に始まる 「倭国」  (わこく)動乱によって「クニ」の統合が進み、三世紀には「邪馬台国」を盟主とする政治圏が形成される。

「邪馬台国」の所在地には、大和説と、北九州説が有る。次に登場する 「倭王権」 は巨大古墳等で証される畿内大和にある。倭王権は四世紀後半には朝鮮半島に出兵し、威勢を半島にまで及ぼす「倭王権」としてである。しかし記紀で云う年代を信じる訳にはいかない。
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初代神武天皇の即位は紀元前六六〇年で縄文晩期と成る。十代目の崇神天皇即位は紀元前九七年で、弥生中頭初期と成る。もし実在していたら、その在位を三世紀末から四世紀前半が妥当と成る。(560p)

国造(くにのみやこ)とは大和政権により設置された地方官の事を云う。『国造本(こくぞうほん)紀(き)』(古い資料を基に平安時代初期に成立)には大倭(おおやまと)国(こく)以下百三十六の国が有り、それぞれに国造が任じられていた。

大和政権が地方豪族を任じ地方支配を固めようとした意図で作り七世紀以前から存在し大化の改新により廃止されたとされるが、この制度が本当に有ったのか、いつから設置されたかの疑問も呈されている。

さて「越」(こし)には高志(こし)・角鹿(つのが)・三国(みくに)・江沼(えぬま)・加我(かが)・羽咋(はくい)・能(等(のうと)・伊弥頭(いきみ)・久比岐(くびき)・高志深江(こしふかえ)・佐渡の十一ケ国で有る。
国の所在地については古代令制の郡名から推定されることが多いが、遺物が出土しない事が多く確かな事は言えない。(587p)
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十一カ国の名称で出てくるのは「高志」であり「越」ではない。この変化をどの様に捉えるかである。この変化は次項に在る大和勢力北進の結果と見るべきなのかである。

また、久比岐から頸城の変化を和銅六年(七一三)「続日本記」の「郡、郷名に好字を付けよ」と延長五年(九二七)「延記式」館二十二(民部式)の「郡里等の名、みな二字を用い必ず嘉名を取れ」の官命による変化と捉えるべきなのかである。

「頸城郡」の郷名の変化で「夷守」から「美守」は好名変化と見るべきなのかも知れない。

そうすると「夷」は使いたくない字と云うことになり、此の意味するところも大切かも知れない。