ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2010/01/10 08:37 高志と越

高志と越

 新潟県及び福井・石川・富山の四県は「北陸」あるいは「北越」と呼ばれるが、これは律令体制下の「北陸道(ほくろくどう)」古事記に記載される「高志」郡名としての「古志」、日本書紀の「越」・「高志」さらには「国造本紀」の「高志国造」などの呼称に由来している。
3087_126307992000.jpg
「古志」と「越」及び「高志」はともに「コシ」といいその使用は古いと思われる。

 いずれにしても「コシ」の呼称は、大和王権側から呼ばれたもので、征服した側からの呼び方で有る。「コシ」は支配領域の先端地域とも解されている。
3087_126308018200.jpg
其の語源は諸説あり、定説化はしていない。

たとえば万葉集一七巻三九六九の「しなざかる越」から、室町時代の一条兼良は敦賀から越前に入るのに「角鹿の坂」を越えて行く地と云う意味から「コシ」がおこったし、江戸時代の本居宣長によれば「コシ」は越後の国の「古志郡」の地名に由来するとしている。

近代史学では岡部精一氏はアイヌ語の「渡る」の意であるクシ(Kush)から転訛したものとし、吉田東吾氏は三越に広く住んでいた蝦夷人を指すものとしている。

 「コシ」が「古事記」の「古志之前角鹿(こしのくちつのが)」を前提とすれば本来若狭と敦賀を除いた福井県域を指したものと思われるが、大和政権の進出の定着とともに徐々に北進し「コシ」の地域が拡大したと思われる。(589p)