ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2010/01/11 08:17 征伐と従属

征伐と従属

大和政権の北陸への進出は地理的条件より、越前地域から始まった事は云うまでもない。

王権が統一国家形成の中で、弥生時代に自立し、各地の豪族を懐柔、武力の両面で組織内に組み入れ「国造」や「伴造(とものみやこ)」とし、その下部組織の「部民(べのたみ)」を制度化した。
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氏姓をもつ豪族は、自己に従属、隷属する集団に、自己の氏名や職能名あるいは地名等を付した。又、大王家の直轄地は「屯倉(みやけ)」と云った。

「頸城」が越後に編入された当時の当郡の部民は、石部(いそべ)・肥人部・品冶部(ともじべ)・物部が有る。

四世紀の大和王権成立期の一時期大和政権が東進(前期古墳遺跡が残る)しその後何らかの理由で後退し、新たな東進は宝達丘陵以西から出羽へ地域的段階を経て四世紀から八世紀にかけ「こし」の国は拡大したしたと考えられる。
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古墳を象徴とする時代はおよそ四百年続く、古墳の形状、内部主体の種類、副葬品の組み合わせ等の変化で、前・中・後・末の四つの時期に分ける考えが有るそれに従うとほぼ前期が三世紀末から四世紀、中期が五世紀、後期が六世紀、終末期が七世紀に相当する。(562p)


頸城地域の古墳群を見たとき文化の伝播等の期間を考えるべきで、前期と云えども早くとも四世紀と見るべきと思う。

又この地域の古墳文化伝播の中断は、倭国が朝鮮半島との関係で、時の武力を、朝鮮半島に、向けなければならない理由が有ったと考えるべきと考える。