ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2010/01/12 08:20 征伐と従属・2

頸城の古墳遺跡は前期古墳遺跡は海岸線寄りに有り、新井斐太古墳群は六から七世紀、清里・牧・三和の古墳群は六世紀後半から七世紀にできたと思われる。(宮澤)

大化三年に渟足柵、四年に磐船柵の造営と蝦夷征伐の動きが明らかな事から頸城への大和王権の第二次進出と経営は六世紀から七世紀前半で有ろう。(590p)
3087_126325198400.jpg
さてここに「くびき」の原住民と大和王権の対立の経過は非常に興味深い。

前期古墳期から後期古墳期に至る、二百年に及ぶと思われる、大和王権の後退、影響力の低下は何により起こったのか。

第二次影響期(後期古墳期)における、部民、戦闘集団と言われる物部氏の投入そして遺跡として残った多くの古墳群、そしてここには歴史に現われていない大きな謎が隠されているのではないか。
3087_126325164000.jpg
石器時代に移住した古来日本民族と、弥生期に渡来した大和民族の争い、そして東西日本の境「くびき」の西南部に位置するホッサマグマ此の急峻な山岳地帯は民族の争いや、その後の歴史文化の伝達にどんな影響が有ったのか推論して行く事も必要に感じる。(宮澤)