ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2010/01/27 07:09 蝦夷征伐の北進

蝦夷征伐の北進

その後蝦夷地経営(征伐)が再開されたのは八年後の天智七年(六六八)で有った。越国から「燃える水・燃える土」が献上された。
3087_126454364400.jpg
天智七年七月と天智一〇年八月一八日に蝦夷の饗応が見られ、天武一一年(六八三)越蝦夷、伊高岐那(いこきな)ら俘人(ふじん)七〇戸をもって郡の設立を請負った。

出羽郡の設立はこれより一九年後の和銅五年(七一二)であるから出羽郡では有り得ず、前身の出羽権郡と思われる。(六〇一p)

ここで確認の為、渟足柵以北の行柵年代を確認したい。(宮澤)
渟足柵    大化三年 (六四七)
磐舟柵    大化四年 (六四八)
修復    文武二年 (六九八)
郡の設立請負 天武一一年(六八三)
出羽郡    和銅五年 (七一二

3087_126454368800.jpg 
この様に磐舟柵建設から修復まで五〇年が有り、この間に対朝鮮半島情勢の変化が有り大和政権の北伐政策は一時中断、停滞したと見るべきだろう。またこの間服従した原
住民や戦い途中だった原住民はどの様な対応をしたのか気になる所である。

又、大和政権の北進で、捕虜と成った「越の蝦夷」等は、朝鮮半島の勢力争いの兵力としての奴隷とされた可能性もあるのでは無いだろうか。
(宮澤)