ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2010/01/28 08:49 皆様に感謝

皆様に感謝

9月4日にブログを書き始めてやがて5ヶ月。

越・クビキ」の地名問題に付いての投稿も42回と成り書き貯めも後2・3回で終わりと成ります。

郷土史の専門家の皆様から見れば取るに足らない内容で有ったと思いますが、お付き合い頂いた皆様に感謝申し上げます。

その後は第3回公開講座の表題「頚城の雑学」に、今までの要点を入れ、縄文期から、現代までの地域の移り変わりを、見れたらと思って居ります。

皆様のご意見を頂けたら幸いです。
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ブログをご指導頂いて、やがて5カ月、この間毎日更新を心掛け、投稿回数約160回、今の処、何とか遣っています。
今日午前7時30分ころブログ更新でJCANの接続、自ブログ、アクセツが29999回、どうやら3万回アクセツに達したようです。

自分勝手の内容のブログを良く見た頂けると感謝致しております。

今後とも皆様からのご意見、ご指導を頂けます様お願いをいたします。

2010/01/28 07:43 越の蝦夷と云われた人達

越の蝦夷と云われた人達
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その後、持統三年(六八九)越蝦夷沙門(ほうし)の道信蝦夷八釣魚(やつりな)に、持統十年に越の渡島(佐渡島)蝦夷伊奈理武志(いなりむし)と粛慎の志良守叡(しらすえ)草(そう)に、さらに文武元・二・三年に越後蝦狄(えてき)に仏像、仏具や錦・絹・斧など方物や爵位を下賜し武力征伐でなく懐柔したと思われる。
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この時期には岩船郡域は大和政権の統治下に入り以北の庄内・北海道の蝦夷・粛慎が統治征伐の対象に為ったと考えられる。

またこの期には、越国が越前・越中・越後に分割され、阿賀以北を以て第一次越後国が成立し、越後以北の蝦夷(原住民)と直接対応する事になり、磐舟柵の二回に及ぶ修復は越・佐渡の負担で有ったと思われる

又懐柔した、越の蝦夷等に「下賜」された仏像、仏具は仏教思想に寄る思想統一の目的も大きかったと思われる。



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