ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2011-08-13 19:50:10.0 高田は125年前までは「たかた」だった

125年前は1886年で明治19年だと思う。今から125年前の8月15日は、今の信越線、直江津関山間の鉄道が開通した日と云う。

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明治19年と云う事になる


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それまで今の高田は「たかた」言われていたと云う。

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その話は良く聞かされるが、果たして「たかた」だったのか「たかだ」だったのか、その文章表現等は見た事が無かった。

お盆の入り13日、その記録とも云える、表現を見る事が出来た。
3月に亡くなった姉の新盆、姉の住んでいた鄙びた草庵で、遺品の整理をした。

その中に昔の写真が有った、その写真の台紙には「越後高田」と写真館の名前が、そのローマ字表示「TAKATA」で有った。

そんな写真珍しくも無いかも知れないが、地名を勉強中の小生にとっては大発見である。

いずれ、その台紙のコピー皆様にも見て頂きたいと思っている。