ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2009/12/22 17:42 小沢・鳩山許すまじ!!

政治とは、選挙とは一体何なのだろうか。

無知な国民をだますだけ、政権さえ取れば後はどうでも良いのか。
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一国の選挙に於いて、国民に示された方向が半年も経たないうちに、状況が変わったと云って変更されて良いものなのだろうか。

政治は長期的見通しを持って行うもので有り、時の政党の都合で勝手に約束したり、破ったりたりして、良いものなのかである。

基地問題にしろ、子供手当にしろ、ガソリン等の暫定税率の改廃、全てに於いて国の長期的存在、財政的見通しを持って行うものである。

ガソリン税、子供手当、高速道無料化、この財源をどうするかに、 「埋蔵金」で対応出来ると住民説明していた、それが数カ月で「景気後退」での税収不足で対応できなくなった。

国債「44兆円」此れを守る為、 「全国民」の要望と云う都合の良い理由を上げいとも簡単に選挙の約束が破られてしまう。
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こんな先の見通しが出来ない人達が日本の政治を担っている。

これでは日本が良くなる筈がない。

民主党の云う国民で無い「国民」大いに怒ろう ではないか

小沢・鳩山・地元選出の代議士許すまじ!! 

2009/12/22 08:29 和人の誕生

和人誕生

 「くびき」地域に住む人はモンゴロイドに属す和人と云う事になる。体の特徴は長胴短足で、一般的には体毛や髭が少なく、厚い皮下脂肪を持ち一重瞼で目の細い人が多い。

しかし中には顔の彫が深く体毛の多い人もある。前者は北東アジアの寒冷地に住む民族の系統で新しいモンゴロイドの特徴とされる。
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後者は、主として南アジアに居住する新しいモンゴロイドの特徴とされる。日本列島の中で和人とは異質の系統の人種とされたアイヌ人が有る。琉球人も和人とはかなり違った風貌をしている。(386p)

一時期アイヌ人と琉球人は同じ祖先から生まれ日本古来の先住民族で有り、大陸からの渡来人の征伐により南と北に追いやられたのでは無いかの説もあったが今では遺伝子研究により、別の系統人種が定説となっている。(宮澤)

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最後の氷河期が終わり温暖化を迎え日本は大陸から離れ約一万年前には列島化し旧石器時代(約四万年前)に北から南下した人達は温暖化に適応しつつ独自の進化をし、独自の縄文文化を作り上げた。

この間中国南部から南方型蒙古系民族の渡来が考えられるが、影響は少なかったと言われている。

2009/12/21 09:49 文化伝播の境目の地域

 「コシ・クビキ」 地域に住みついた>「人」、古くからの文化伝播の違いが指摘されている。

それは『東西二つだけの文化園ができたのは、晩期旧石器時代から縄文晩期にかけてと、縄文晩期から弥生前期にかけての二回である』ある時代この境界線を境にて東日本と西日本に異なった文化が在ったことを物語っているという。

これは二千年前あるいは一万年前の事かも知れない。(この項「現代地名考」より引用。

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さて此の事を考えながら、頚城地域の地名を見直して見るのも興味深い。

特に郷と同じとされる「○○谷」の表現が糸魚川から名立に七谷、保倉谷と八谷が「郷名」としての地名として使われていた。

また「古志深江」地域と思われる「小千谷」、ここに残る「小千沢」の関係も面白い。

此の「小千沢」、テレビ長寿番組「笑点」で林家こんぺい師匠の出身地として「ちゃざあー村」として紹介されていた。
私達の地域名、大字名、今は無くなりつつある地域の地名を、もう一度見直してみる価値が有るように思う。

その地名には、地域の成り立ち、災害の歴史が含まれ、私達に何かを、示しているのかもしれない。

2009/12/20 08:25 クビキの要害

要害に囲まれた地域

「くびき」は北は日本海、西から北東までの内陸はホッサマグマと言われる構造線が海に落ち込み、多くの生物に於いて、東西の分岐線で有る。

そこから頸城山系の三山、そして柏崎・銚子構造線の山系が米山に続き、そこから海に落ち込み、此の米山山系は後の越後国を、二分、三分する境界となっている。

ここに「ひと」が住み着いたのは何時頃だろうか。 


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 「ひと」が現在のような複雑な社会生活を営める様になるには、数百万年と云う長い期間が必要で、地史学では「第四紀」と言われている。

地球は何回か厚い氷河期を迎える、人は氷河に追われ退き温暖な時期に生活圏を拡大し、その中で氷河期にも生活出来る知恵と生活力を身につける事により、生活圏を確実に増してきたと云える。(柏崎市史上巻355頁より引用、以下頁数だけ記載)

リス・ウルム期間の高田平野周辺は、氷期に堆積した花粉化石から、当時の平野周辺の山々はモミ・トウヒ・ツガが育ち、山麓は、ブナ・ナラ・ハンノキが繁殖していたと思われ、平均気温は現在より8度も低かったと推定される。(現在の平均気温は12・5)
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 東西文化や伝播の分岐点と云われるホッサマグマ、ここに土地形状の表現の分岐線が在ると云う。

それは「谷」「沢」だという。

同じような形状だが、親不知と桑名を結ぶ線が分岐線と云う。


此処より西が概ね「谷」で表し、東が「沢」で表現すると云う。

頸城地域は分岐線付近で両表現が混在しているという。

これは文化伝播の境界にある頸城地域の大きな特徴と云えよう。

2009/12/19 13:01 地名問題のこれから

地名問題、皆様ご意見を

クビキ・コシの地名問題、市名問題を含め、今までに40数回書かせて頂きました。

非常に自分勝手な、表現が下手な文章で有ると思いますが、関心を持って見て下さる方もおられる様で感謝致します。

昨日も書き込みを頂きました、有り難う御座いました。

皆様と共に地名問題を掘り下げられたら幸いと思って居ります。


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この間、色んな意見を頂いておりますが、特に古墳問題では、埋葬された方が 「コシの蝦夷」と云われる原住民ではないか、との意見をお持ちの方が居られる事も知らされました。

又越後一の宮が何故、現在の新潟県に三社有るのかの疑問も寄せられました。

この他では旧三和区里五十君地区に有ったと云われていた「国分尼寺」、「日本にもピラミットが有った」説の板倉区「みかぶり山」がその一つだと云われていた説等、その後どうなったのか等が有りました。

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今までの調査で「クビキ・コシ」地域の、大和政権の進攻撤退、原住民の推移大陸との交流、単に地域の問題だけでは無く、大きく大陸、朝鮮半島の「政権抗争」「民族対立」また朝鮮半島の歴史の中での朝鮮半島自身の「地域的民族」の見方等非常に興味深い物が有りました。

日本の歴史の中で此の地域がどんな役割で、どんな立場でいたのか皆様と共に、少しでも調査出来ればと思って居ります。

皆さまの、ご協力をよろしくお願い致します。