ドンカズの動き

趣味やNPO災害支援の状態の報告です。 宮澤一也の「云いたい放題、書きたい放題」でも地域の事を真剣に考えています。 震災等の活動体験を語り継ぐ大切さを感じました。 今までやってきた活動を元に纏めた、PP等使い防災活動、ボランテアの有効活用等の「出前講座」引受ます。但し顎足付。

2010-05-31 18:27:09.0 ホタルは何時出る

異常気象ホタルは何時出る

明日から6月、寒かった異常な天候もようやく時季相応な感じ。

来週一杯は、太陽光の恩恵が受けられそう。

田に植えられた早苗も此の天気で少しは息を吹き返すのか。
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幾ら異常天候続きでも6月に入れば何とか「ホタル」の便りが届くか。

当区の「稲文字田」周辺でも昨年ホタル発生は前にも書かせてもらった。

その後地域の人から、今後の対策を考えて欲しい、との要請が有った。

「県ホタルの会」に連絡して措いた処、長岡在住「N女史」の紹介を頂いた。
私なりの考え、当地の模様等お知らせした。

五月の在る日「現地調査」をして下さったとの報告を頂いた。
わざわざ現地で調査を頂き只只感謝有るのみ。

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写真は生息が確認された水中生物(N女史の手紙より)

水路の状態や、集水枡等の生物を検証され今後の指導等も頂いた。

ゲンジボタルの幼虫や、カワニナの生息は有り、今後も生息可能な様。
地元の人たちと協力して「ホタル」の飛ぶ姿を皆様に紹介できればと思っている。

尚、本年度の新潟県ホタル保護指導員の講習会は6月26・27日上越市大島区で開かれます。

2010-05-30 20:19:09.0 議会と議員の資質・2

さて皆さん「議会基本条例」で議会がどの様に変われと思われますか。

小生はこの様な条例が出来ても議会内の活性化は中々出来ないのでは、と思います。

なぜなら、この様な条例が無くても「市民の為の活動」をしていた議員も多いのです。

機関としての「議会」は今でも十分、市民の為に動けるのです。
現状で動けないとするなら、議会の組織等を決めてある「地方自治法」に問題がるのです。

地方自治法を其のままにして「議会基本条例」を作っても、作った議会の自己満足に終わるのではないかと思います。

今回の条例の「目玉」、「議員間の問題討議」と「市長の議員に対する反問権」の設定に有る様です。
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議員間の問題討議と云いますが、議員は其々独自の考えを持って居るべきであり、この権利は他の議員が侵害できるものでは無いのです。

各議員の考え方の違いが有る中、 「表決」が行われ、法に基く「多数決」で機関としての「意思」が決定されるのです。

ですから議員の「賛否」表決意思は侵害されるべきでは無いです。

又、市長の反問権に付いても、市長の提出議案に対し、議員が出来るのは「質疑」であり議案に対する、疑問や考え方に対する事が原則です。

此の時議員は自分の意見述べる事は原則出来ないのです

ですから此処に於いて市長の、反問する事は有りえないのです

あるとすれば、議案質疑終了後に行われる「討論」に対する場合です、この討論も細かい規定が有り「議員」の許された「意見陳述」の場であり市長の反問等は出来ないのです。

もし此処で市長の反問権を認めた場合、議会は混乱するでしょうし、並みの議員では対応できないでしょう。

しかし市長の「反問権」をここで認めなければ何の意味も無いのです。

この様な議会審議の原則の中、この二つの問題どの様な「実の有る」物に出来るか、説明会では示されなかったのが現実です。

2010-05-29 21:28:44.0 議会と議員の資質

上越市議会が「議会基本条例」を作るとか、住民説明会が27日夜、頸城と板倉で開かれる事を知った。

身近な板倉より、頸城の方が気軽に聞けるかと思った。

其の日、友に頼んでおいた「地域支援活動事業」の見積書が出来たとの電話。

其の事を話すと、貴方の場合地元に近い会場が良いとの助言。

板倉会場で「議会関係者」の説明を聞いた。議会の説明関係者およそ10名。

参加者其れより若干多い程度、しかも多くは背広かマーク入りジャンパー。

一般住民とおぼしきもの小生を含めても数名か。

上越市議会の議員の多くは「親市長派」と云われている。
そんな中誰が言い出したのか気になった。
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説明では「前議長」が時の流れから設定を議員に図ったとの事。

素晴らしい市民に選ばれた議員の皆さんが、先進地と云われる地域を視察、たたきあげられた「素案」30分の説明聞いて意見や、質問を求められても中々出てこないが現実。

質問したのは小生一人、約30分。

議会は何の役有りで有るのか?。
市長への反問権の設定?。
議員間の問題討議?。


此れら、云うは優しいが、対応可能か。
議員は特定の「思想・論旨」が有って当然、此れが議員間討議に馴染むのか。

市長の反問権、偉い議員に市長や職員が出来るのか。

「絵に描いた餅」の条例は要らない。
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様は議員個々の資質に掛っているの自覚が大切である。

2010-05-28 19:17:53.0 「コシ」雑学のその後・2

高句麗と粛慎人

3087_127504169100.jpg佐渡の鬼太鼓は大陸から渡来した粛慎人(みしはせじん)を表したもの、との意見が有った。
粛慎はその後、瀬波海岸にたどり着き、毒の水を飲んで死んだとも云われている。
さて此の粛慎人とは大陸沿岸地域に住む人たちであると云われている。

3087_127504173100.jpg高句麗は紀元前37年頃から668年まで中国東北部から朝鮮半島の大部分を領土として居たが、半島南東部を領土として居た「新羅」と大陸「唐」の連合軍に敗れ其の遺民が日本に渡来最初に付いたのが佐渡島だとされる。(この項杜父魚文庫ブログより引用)

粛慎人が列島に辿り着いたのは高句麗が敗れてからではなくそれ以前で有ったとする方が自然と思う。

遣唐使以前に「越」と「大陸」の交流が有ったとされる事から、高句麗の遺民が佐渡の辿り着いたのは偶然では無く、明らかに「保護」を求めた大陸からの「脱出」考える方が、自然と思う。

然し此の頃(658年)から大和朝廷の北伐(原住民征伐)が進み、越の国の原住民は何らかの形で大和勢力に取り入れられて云った。

此れ以前から大和勢力の北進が有り、原住民は、殺されたり、捕虜になったと思われる。
捕虜になった成った者は「朝鮮国家」に対する朝奉物、あるいは鉄等の輸入品の対価として支払われたとの説も有る。

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もし此の捕虜と成った人達が「粛慎人」を祖先とする人達であったとすると、高句麗を攻めた戦力の一部は自分達の祖国を「滅亡」させた事になり、其の遺民が再び「越の国」に渡来した事になるのではないだろうか。

2010-05-27 16:10:14.0 「コシ」雑学のその後

 「コシ」雑学のその後・1

「コシ」の成り立ち経過をその後も調べていた。

越・高志・古志と呼ばれた地域は大和政権が及ばない時期に有る程度地域が政策範囲がまとまりつつ有った。

西端は若狭と越前境の関峠で有り,此の峠を越えた地域だ「越」と云われた様である。
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北端は、大化の改新頃は弥彦山が望める地域で、其の後大和政権の北伐政策で渟足・磐船・出羽と原住民征伐と共に北進した。
(ウィキペディアより引用)

此れより以前と思われるが、現在の日本には国家らしきものが3か所あった
九州・畿内・越で有り此の三か所から大陸に使節団の訪問が有った記録が有ると云う。

此れは遣隋使以前の様である。

3087_127494413600.jpgこうなると「越」地域は畿内政権に匹敵する地域集団であり、其れなりの統治能力が有ったのではないだろうか。(宮澤)