S太の骨髄移植日記

S太(当時小学2年生)が骨髄バンクを介して骨髄移植治療に臨んだドキュメントです。

2007-11-18 09:39:35.0 S太の骨髄移植日記 3 ~前処置編②~

 たった1回の放射線だけで、吐き気、だるさ、耳下腺の腫れと痛みの症状が現れたS太。
放射線二日目(11/14)はどうなってしまったのだろう…と、思いながら病室へ行くと、気だるそうにベットに横たわりながらゲームをしている、顔色の冴えないS太がいました。
それでも、学校のお友達から届いたお手紙や、写真を一緒に見ているうちに、おしゃべりだけは元気もりもり!になるのでした。
ただその後は、トイレまで行って帰ってきただけで、嘔吐してしまいました。
朝からこんな調子なので、食事は全くとっていないようです。
やがて、本日二回目の放射線照射に呼ばれ、30㎝はある分厚い扉の中へ入っていきました。終了しても、疲れからか眠ったままで、結局、私が付き添っている間中目を覚まさず、後のことを看護師さんにお願いして、S太の寝顔を見ながら帰ってきました。


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本日二回目の治療へ行くところ。



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無事、治療が終わり、分厚い扉の向こうから出てきたところ。


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疲れからか眠り続けるS太。

2007-11-18 09:38:51.0 S太の骨髄移植日記 2  ~ 前処置編① ~

いよいよ、昨日から前処置が始まりました。一日2回、放射線の照射をします。
初めての治療後から、早速、吐き気と体のだるさの症状が出始めました。
ちょっと、心配です。夕方の治療後は、耳下腺が痛くなり、『噛むと痛いからいらない。』と言って、夕食は殆ど食べられませんでした。
消灯時間が過ぎても、小学生の男の子部屋は通信ゲームで盛り上がっているのですが、
昨夜は翔太の方から『母ちゃんん、今日泊まれる?』と聞いてきました。
とても、心細いようです。

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富士山をどうぞ!


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病棟内の患者一人一人を回ってきてくれる、図書貸し出しのようす。S太は、マンガ本(こぼちゃん、サザエさん)を何冊も借りていました。


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放射線治療が終わったところ。

2007-11-18 09:37:47.0 S太の骨髄移植日記 1  ~ 入院編 ~

 住み慣れた上越を離れ、S太親子は骨髄移植という大きな治療を行うため、神奈川県の大学病院に入院して、13日が経ちました。まずはこの2週間で、体中の隅々まで健康チェックをします。治療や薬の説明を受け、何枚もの同意書にサインもしてきました。痛みを伴う検査はほとんどありませんが、中心静脈カテーテル(鎖骨の下あたりから、心臓に近い静脈に管を通し、輸液や抗がん剤、骨髄液などを投与するための大切なカテーテル)を入れるため、手術室に入らねければならない時は不安からか『母ちゃんが看護婦さんになって、一緒に来て~!』と言って、私の手を離しませんでした。手術は無事終了し、この日から点滴は体の一部になりました。S太は、小学二年生の男の子です。


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遠方から移植治療に来る患者とその家族が滞在するアパート。地元ボランティアさんによって、ハウスサポートの会が立ち上げられ、食事会などで患者家族同士の交流の場も用意してくれています。心強い存在です。


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院内学級でポップコーン作りをしました。


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手術室前で抵抗するS太。

2007-07-17 22:29:56.0 巨人×広島戦の始球式、無事務めました~

 台風接近中の雨の中、東京ドームで行われた巨人、広島三連戦の二日目、命のアサガオシリーズの中日にこつくん♂♀の次男が、無事、始球式の大役を果たしました。プロ野球のトップアスリート達や日本テレビアナウンサー、超満員の大観衆…。東京ドームはまさしく夢の大舞台でした。そんな中、昨年骨髄移植を望みながらも提供者が現れず、『ぼくは将来、まついみたいな野球選手になりたいです。』と無邪気に語っていた亡き兄の夢を叶えるため、この始球式に臨んだのでした。憧れの阿部慎之介さんをキャッチャーに、ボールは右へそれたものの無事ミットに入りました。その瞬間、観衆から大きなどよめきと拍手が沸きあがり、始球式は無事終了したのでした。一少年の果たせなかった夢の実現のために、球団を挙げて取り組んでくれた読売ジャイアンツの関係者に、心から感謝しています。野球のチームとしての好き嫌いはあると思いますが、骨髄バンク支援を真剣に考え取り組んでいる企業のひとつとして注目すべき、紳士的で、心温かい球団でした。

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命のアサガオと骨髄バンクのコーナー


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東京ドーム22番ゲート前で骨髄バンクのイベントに参加した上原投手

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始球式の様子と大役を果たして、マスコット達と記念撮影