えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2019/05/19 17:16 ♢ 野党陣営のマンネリ化の不信任案はもうやめて! ♢

 野党と与党.議会制民主主義の自由主義国家では当たり前の型になっています、良く国会では内閣不信任案が野党側から提案されますが、現在では100 %近く、数の力でその内閣不信任案が可決された事はあまり有りません、野党の各政党は否決が分かっていても承知で定番のごとく、何十年も同じ芝居染みた劇場国会を国民の前で繰り返していますが、国民側から見ると、もうそろそろいつまでもワンパターンの、野党芝居に幕を降ろし野党も野党で分裂せず、政治の大道に立って国会をどうするのか、将来と現実をどう有権者の心に訴える政策の中味で、与党との違いを国民の前に示すべき色々の案を出し、日常運動の中で有権者の国民に訴えるべきではないでしょうか。 

 

 政策の具体的な案も無く又人材もハッキリ分からず、只.安倍内閣けしからん、与党自民党のやっている事に何でも反対・・! 特に外交と国防.教育.経済政策は失敗が許されない、経験や外国の政治家等、特に与党の指導者や政府とのパイプが必要ですので、それらの面でも責任を持てるのかまで国会議員ならその実力がなければ口先だけ! 口先の萬年野党国会議員では国家と国民の役に立ちません。

 

 本当に自民党に匹敵する位の力のある野党連立でなく、一党にしぼる立派な日本の野党政党が自民党の為にも必要だと思いますし、日本の国の為にも必要ではないでしょうか! このままでは国民が不安です、野党はこの国の安全保障.憲法. 人口減少問題.教育改革. 経済対策.地方財政.首都圏への大地震の対応を分かりやすく国民の前に政策を示し、安倍さんの変わりは誰なのか決めてから、不信任案を提出すべきではないでしょうか。  では又、

2019/05/16 18:19 <誠実無欲の日本を代表する英傑、前島密翁>

 

 男爵前島密翁没後百年が経ち神奈川県横須賀市の浄楽寺で百回忌の墓前祭に横須賀市長や上越市長外300名近い関係者の出席の中で執り行われたと新聞報道を見て思う事は、中世の1500年代は上杉謙信公が活躍された時代であり、1800年代の江戸後期から今日の「令和」まででは「日本の近代化の父」と高い評価を受けられるNO1は前島密翁だと思います。

 

 「郵便の父」と言う事は多くの方々は御承知の通りですが、その他に江戸時代が終わり明治政府がスタートした時に、首都を大阪に移すと大久保や伊藤、木戸など討幕派の強い声の中にあって幕府側の前島翁は、東京が日本の中心で東北、北海道も日本である以上東京遷都が正しいと訴え、東京を首都にしたのが前島翁でした。

 又国字の改良、海運業の発展、新聞事業、電信・電話、鉄道、教育分野、保険制度などは前島翁の広い人脈、交際力、先を読む目、周りの人間関係の構築力など卓越した物を持ち合わせていたからこそ前に進める事が出来ました。その前島翁の魅力の素はどこにあるのかを知りたくて私は色々本を読み更に前島翁に魅かれました。

 

 前島翁の幼少時代の御母堂様の家庭教育の高さ、情熱があれだけの知識、教養、感性を磨き育て上げ、そしてあの明治政府の知恵袋であり原動力の中心の仕事をやりながら一切の個人的な名声や名誉を求めず又利権や私欲も一切無く、私生活も越後人らしく地味で真面目で儒学者の指導を実践しました。

 

 幼少の頃は高田の倉石侗窩(くらいしどうか)先生の文武済美堂(ぶんぶさいびどう=偉人を多く輩出し越後の松下村塾と呼ばれました)で学び、江戸に出てからは倉石先生の師匠である安積艮斎(あさかごんさい)先生の塾で学び、儒教の勉学通り終始リーダーとして心が清く私欲が一切無く、周りの範として最後まで自分の信念を曲げずに貫いた方だと思います。

 

 盟友でありました大隈重信が前島翁に政治家にならないかと誘ったら、前島翁は自分は政治家に向かない性格である。一つに嘘が言えない。二つに人の悪口を言えない。嘘と人の悪口を言う政治家には向かないとハッキリ断ったと言う話ですが、前島翁の人間性そのものが良く表れた話だと思います。

 

 やはり人間の内面、精神性がしっかり出来ていた上で頭脳と肉体が一体となった霊格の高い人柄だったと強く思います。私達は先人の偉人をもっと学ぶべき時代であると感じてなりません。又翁は誓って不邪淫戒、不妾語戒を神仏、祖先の霊に幼少期よりの受持の題目を生涯、道として貫かれた聖人に近いお人だったと思うのです。現代人は先人の顕証をやるべきではないでしょうか。

 

2019/05/16 09:37 ♢ 総務省.文部省はもっと地方に権限を任せたら ♢

 地方の事は地方に任せたらもっともっと地方は活性化するのに今だ権力の中央集中が、150年前の明治政府の立ち上げた薩摩.長州等の藩閥時代の名残の様に、中央政府の官僚や議会は上位、地方官庁や議会は下位と言う目線で行政や法律の権威.権限が縛られている中ででの地方自治体、もうそろそろ、その上から目線での地方自治体のやりたいと言う声を押さえつける仕組みや権限を国側は解放しないと、ますます地方は人口が減り産業も教育も地方文化も伝統までもどんどん衰退しています。 

 

 首都圏一局集中に歯止めが掛かっておりません、権限...物まですべてが東京.大阪など大きな所に集めているからです、江戸時代は地方では、例えば津島家の薩摩・前田家の加賀藩・榊原家の高田藩・松平家の会津藩・山内家の土佐藩など地方分権が確立していて、それぞれが藩独自の産業振興.教育のやり方.制度が個性を生み活性化の中で、自由競争が地方地方の独特な持ち味がでていましたが、今は北から南まで国の規定通りの法律に縛られすぎで全国どこでも同じまちづくりで、まったく個性も特長も消えています、その一つがふる里納税です、せっかくその市町村の役所が考え、個性でやっているのに、やりすぎと言って国は腹を立て、その市町村のふる里納税を除外すると言う強権的なやり方で、せっかく人気があり楽しみにしていた人達に冷水を浴びせるようなことを総務庁は行いました。やはり国は地方自治体を真から信用しないのか、地方を配下だと思っているのでしょうか。

 

 あの平成の大合併、合併特例債の甘いエサで、地方の小さな町村は釣られ首長も議員もいなくなり、すっかり政治の光が薄れています、中央政府の官僚の意中の通りになってしまいました、本当の地方分権.本当の行政改革はもう一度前島密などの翁の方々が沢山地方から出さないと本当の時代.地方創生の時代は来ません、地方にもっともっと人材を育てなければ地方は悲惨な状態になって行くのではないかと思うのです。 

 

 例えば文部省は、小中高の教科の中味指導要項を地方自治体にすべて任せるべきでないでしょうか。