えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2019/08/20 10:40 ♢ 慰霊斎とこれからの覚悟、目標を語り合う日 ♢

 

 8月は原爆投下により広島.長崎の犠牲になられた方々を追悼・慰霊し、平和宣言と『二度と核兵器は使用しない』世界平和を願う尊い日です、このことは永久に世界に発信し続けなければならないと思います。

 

 昭和202月、戦力を立て直してきた連合軍の猛攻撃により、南方の拠点であったマニラが陥落しました、当時の日本軍は武器弾薬の補給もなく壊滅的状況で、原爆を投下しなくても灰色は濃厚だったのです。

 

 日本は一日も早い戦争終結をアメリカ軍に交渉しますが、ルーズベルトとルーズベルト急死後の大統領となったトルーマンは、ルーズベルトの遺言通り戦争を長期化し、東京.大阪.名古屋などの日本の大都市の丸腰の市民を殺害し、又、沖縄上陸作戦で日本軍は玉砕し多くの島民も死にました、8月戦争終結を懇願しているのに原爆を投下し、スターリンのソ連軍が不可侵条約を結んでいたにもかかわらず満州やカラフト・北方領土に火事場泥棒のように入り込み、10万人もの日本人を殺し60万人を捕虜として重労働を課し、共産主義教育の洗脳を行いました。

 

 昭和20815日、日本の歴史始まって以来の敗北と廃墟の中で、戦争終結の玉音放送が流れた日は子供ながらに記憶しています、大人達は呆然とし、涙を流し役場の前で放送を聞き「これからどうなるのか」とうつろな目が印象に残っている暑い夏でした。

 

 さて、あの日以来、日本人の心の中が変わりました、「忠」や「公」はどこに消えたのか『戦争をやった軍国主義が悪い』『日本人は悪い事をした』そればかりが先走り、日本人を戦争に追い込んだ欧米列強は勝った勢いで、日本を二度と立ち上がれないようにする為、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム=戦争の罪悪感を日本人の心に植え付ける為の宣伝)や日本弱体化計画を進めました。

 

 それから74年目を迎え今日の社会状況です、国防は信用できないアメリカに依存し、丸腰の日本に向けミサイル実験を続ける隣国に何もできない何も言えない、情けない独立国をどう思うのか? 815日私たちはこの厳粛な日に、慰霊斎に参加しその後、日本の安全やこれからの将来の世界に向けどう言う目標をもって進めていくのか、一人一人が思いを述べ合う勉強会を琢磨塾と不識の会で行いました。

 

 もう一度「仁」と「義」この心を世界のために日本人は生かすべきだと思いました。

 

 

 

 

  

 

 

 

2019/08/17 08:38 ♢ 又、多くの命が危険そして台湾も ♢

 止まる事なく発展と成長し拡大路線を続ける中国人民共和国、毛沢東時代の計画的社会主義経済政策から一転、改革開放経済、西側自由主義経済路線に思い切り転換させた男.鄧小平でした身長150㎝しかないこの一人の男が14億の人口とあの広い中国共産党組織と人民解放軍の実力者として1997年2月19日の最後の日まで君臨していました、何回も何回も毛沢東との確執で失脚の時代もありましたが、頭の切れる事と先見性の読みの深さ政治的洞察力は天下一、今でも数いる世界歴代大統領.総理.国家主席などのリーダーが沢山おりましたが小塚を変える.混乱を抑える.経済を活性化させるなどの政策転換を短時間内で実現させ、尚且つその路線を自分が死んでも継続させ国家を政治権力で動かしている政治指導者は鄧小平だと思います。

 

 若い時から共産党を信奉しフランスに留学し、苦学と貧乏体験を骨の髄まで染み込んでいた政治家です、1978年初めて日本を訪問、新幹線に乗りその技術力の高さに驚き、トヨタ.パナソニック工場のロボット技術や製造過程のシステムの高さに驚愕して帰国、翌年1979年アメリカに行き宇宙開発のロケット.コンピューター.航空技術の高さを見て、いかに共産主義国家の技術力が遅れているかを痛感して帰り、即く広東省に特区を造り世界中から企業を誘致、若くて豊富な労働力、そして安い人件費の為、西側企業が中国に進出したため世界の工場が中国に移り、急激にその西側の技術を吸収し立ち所に経済成長し日本を追い抜き、今やアメリカと肩を並べる経済大国になりました、国を富させ、そのお金で軍事力の近代化、防衛産業も急激に伸ばした大国になりましたが、すべてが鄧小平と言う一人の男の政治力からです、毛沢東は鄧小平を綿中の針を隠す男、天安門のの民主化デモに人民解放軍の武力で弾圧した恐ろしい冷酷な指導者でもあります、習近平は完全に鄧小平の後継者です香港市民の命が危ないですね。

 

 

 

2019/08/14 17:43 <歯止めが掛からない保守派の弱体化>

 

 新潟県は保守派の地盤であった今から30年前には田中角栄総理大臣を輩出したり、又多くの自由民主党籍の主要大臣も中央政界に送り出し、県知事も県議も首長も地方議会も保守系列でしっかりと固め中央政界との連携で公共事業が各選挙区で活発に展開され、日本海側初の上越新幹線、高速道路、国道・県道の整備、河川、港湾、農地、工業団地、学校、病院、都市下水道、集落排水事業等々今迄大きく遅れていた新潟県のインフラ整備が急激に進み、公共事業の拡大が地方の景気を押し上げる起爆剤ともなり、自治体も税収が上がりその分予算も大きくなり県も地方自治体も住民が求めていた施設や、災害にも対応出来る施策が出来ました。誠に政治と経済が善展開していた時代が保守政治の全盛時代でありました。

 

 しかしやがて選挙民の考えが少しずつ多様化して来た事と保守政治への謂れのないプロパガンダが進み、女性の政界進出も革新系が多く、又政党に属さない無党派支持の選挙民は「保守政党の体質は古い」などと感じたり、合併や人口減少で保守支持層の組織が弱体化して来ました。又、力強い論客のリーダー達も他界し、世の中も政治への無関心層が増大し、かつての保守王国も時代と共に崩壊が拡大しました。

 

又マスコミも保守政治には厳しく野党には寛大な為に新潟や長岡、上越といった人口の多い市ほど保守地盤が衰えています。保守勢力のリーダー不足、勉強不足、そしてここまで凋落しているにも拘わらず反省もせず昔のままの発想です。これでは益々弱体化して行くのではととても心配です。

 

新潟県は今全国47都道府県の中で財政状態が最下位です。どうするのでしょうかね?