えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2019/09/13 19:27若者の特権、未来の夢に向け挑戦を

 先日、上越青年会議所が誕生して、55年の節目を迎える式典が行われるニュースを見ました。旧高田市と旧直江津市がまだ合併前に、当時30代だった田中弘邦、大島精次、斎京稔さん達が、この地域発展の為に先を読み、自治体の合併前に行動したのが上越青年会議所でした。先輩方は、浄土の霊界に帰られましたが、若い力が地域を変える原動力でした。

 あの明治維新の、日本社会の構造を根本的に大改革を実行したのは誰か。中央の実権を握っていた徳川家や地方の大名を無くし、侍から刀を取り上げ、廃藩置県、国民の手による議会を設置し、武士だけの戦場を無くし、20歳以上の全ての日本男子は国を守る兵士となり、自国を自分達の手で守り、富国強兵の欧米に負けない文明国になると言う、日本の理想の為に本当に命を懸けたのが、地方の若い方々でした。

 この上越市(旧高田藩)では、時代の変化を勉強し、教えていたのが、東本町2丁目に倉石侗窩先生が天保年に開いた私塾です。新しい思想、特に欧米諸国がアジアを植民地として侵略してくるだろうから、日本も徳川の時代から、新しい時代を創ろうと、上越地区だけでなく信州からも若い人が集まり、「尊王攘夷」の新しい思想教育を行いました。その結果、官軍と戦わず、今の高田は戦火から守られ、また明治の近代化で、鉄道や関川の水による水力発電などが、産業界の発展にも繋がり、人口も増加し今日があります。これら全て、幕末から明治維新までの牽引力は、当時の若い方々の純真な、強く、高く、深い想いです。

 「青年よ、大志を抱け」その志は永遠です。地方があって国がある、と私は思っています。自分の足元、家族、企業、上越市の発展の為に、上越青年会議所の発展と活躍に期待します。それには、もっと勉強と経験して来た人の話を素直に聞く事です。