えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2018-11-30 18:15:18.0♢ この30年自らの平成をふり返りませんか…! NO1♢

 平成の30年、あっという間でした、上越市では平成5年に、20年務められた植木公市長が10月に辞任され、3代目の上越市長職を宮越馨氏が選挙で勝ち取られ28年目に今度は、木浦正幸氏が宮越氏を破り平成13年から2期8年、平成21年まで木浦市政が続きました。 

 

 私も平成510月の市長選挙の時に市議補欠選挙があり、その選挙に出馬して1期目をスタートしました、当時の国会議員は衆議院ではこの六区は3人区から2人区となり、激しい保革の戦いが始まりました、又私は当時30代だった若い白川勝彦氏に期待し、将来この六区から中央政界で活躍する国会議員が必要と考え、後援会の幹事長や選対の役員として平成13年まで支え、それでも地盤・看板・お金も無い無名の30代の青年を押し上げ当選、大平内閣では国土政務次官、党の総務局長、森内閣では自治大臣に就任し、これからと言う時筒井しに敗れ、平成の政治史から消えて行きました。

 

 私の平成の30年間は家庭とお店の経営は家内と次男に任せ、24時間眠る以外はほとんど政治と選挙運動でどうすれば上越地区が発展するのか、次の世代に先人たちが残した下さった地域資源、特に歴史と伝統.美しい自然環境を守り続けて行くか、又教育は子供だけでなく市民も国家観と歴史観を勉強する機会が必要であると考え、雪下駄塾・琢磨の会・不識の会を設立したり、謙信公生誕の地らしい武道館の誘致の為の武道連盟の設立.新幹線駅名運動.謙信公の魂が入った太刀、国宝「山鳥毛」の取得運動も同志の仲間と共に、勢一杯平成の世を全力で走り続けて来たと思っていますが、若い時の相撲界で全国を見たり海外をオートバイで放浪し様々の人と接して学んだことが、78年間生きて来た肥やしであり、学歴や教養があっても行動しなければ、時代もつくれないし何もしないで浮いて流されるだけです、平成をふり返り冷静に自分の足元を見るのも必要ですね・・・!                                                           それでは又、