えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2019/05/31 11:14♢ お疲れ様でした静にご永眠ください、お二人の巨星に ♢

 

 人間がどう生きたか葬儀がi一番証明すると言われますが、令和元年528日と29日の両日、お二人の葬儀に最後のお別れをして来ました。

 

 お二人とも本当に社会の為に、そして人の為に尽くされた人生でしたし又、自分の生まれ故郷の大切を一時も忘れず、この上越のために全力で一生を掛けて貫かれたからこそ、28日は大島精次様のデュオセレッソと29日に田中弘邦様の文化会館でのお別れのセレモニーの式典に私は参列し改めて思うのは、あれだけの人が最後の思い出を胸に手を合わせ、ご冥福を念じに遠くから足を運び、ご出席される人垣を見てお二人の故人の生き方のすごさを感じました。 沢山の人達の面倒をよく見て世の中の為に尽くした証拠が、参列者の多さが証明しています。

 

 私はお二人の事は、常に上越市の大事な選挙、国会.知事.市長選挙戦になると、出るべき所やるべき事をお願いに何度か伺ったのですが、すべて行きつく所はこの上越のために、私心なく私欲無く街全体の為に汗を流して下さったお二人でした。じっくり話を冷静に聴くだけ聴き、しばらくは時間を置き数日熟慮され、「来い」と言って呼び出され「よし、わかった」と言うお言葉を戴き、本気になって選挙戦に身体を張って戦って下さった頼れる嘘の無い信用出来る人でした、選挙程.人間性が分かるものはございません、本当のその男の実力が分かります、口先だけの調子の良い人間と「分かった」やると言ったら完全に身体を張って行動してくれる人、信頼できる人と出来ない人があれほどハッキリ分かるものは有りません。

 

 田中弘邦様.大島精次様の巨星のお二人がもう鬼籍にお帰りになられた今、大事な時に相談に乗って下さる重鎮を失った上越市、頼れる人物のお二人が続けて失った事はここ30年近く選挙に明け暮れ政治の現場に携わって経験から、この街にとって又.政界全体から見てもそのショックは、今後大きな課題となり残るのです、恐らくあれだけの事をやり切れる代役の人物は今後、出ないかも知れません。  大正.昭和の骨太で情のたっぷりあったお二人を私は静かに偲び、ご冥福を祈ります。   ありがとうございました。