えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2015-03-21 16:00:08.0 上越水墨画フェスティバルを中止とは?上越市の文化行政の摩訶不思議

 例年4月花見の時期に、5年間も続き、世界的かつ日本を代表する水墨画家の作品が出品され、県内外の水墨画ファン、遠くはハワイからもファンが来越され 上越高田のイメージアップと誘客に大きく貢献して来ました『上越水墨画フェスティバル』が今年は中止となってしまいました。

 

  私は、3月19日の上越市議会一般質問の初日、市長に「“新幹線開業で交流人口の拡大を目指す”と宣言しておきながら、この水墨画展を何故中止するのか。上越市は文化行政に対する取組みの姿勢には誠意が無く、口では文化都市と言っているが文化都市たるべき努力をしているのか。過っては富岡惣一郎画伯の美術館を南魚沼市に持って行かれたり、内田邦夫先生のクラフト作品が県外の美術館に流れたり、齋藤三郎陶工の陶芸作品の常設展示の美術館が市内には無い。 そして今回問題とする市内在中の水墨画の笹川春艸先生の展示会場なども何も在りません。とにかく『高田』という永い歴史のまちを観光しようと廻ってもこの地の文化や芸術を見て触れるところが何も無いではないですか」

 

 さらに続けて「それにしても上越市は芸術家の方々への支援に対しては全く前向きではありません。特定の人・団来への支援はしないという考えのようですが、それでは芸術や文化は向上しません。昔は文化・芸術に対して時の大名や地主、企業家がスポンサーになって財政面で応援したものです。今、時代も変わり、そのような人たちも居なくなったのだから、代って行政が前面に出て支援すべきではないですか」と訴えたのです。

 

 しかしながら相変わらずのお堅いお役所的発想で、前例踏襲から一歩も前に出ることの無いお寒い答弁でした。「文化芸術には行政は介入しません。後ろの方で見守ります」と言うことは、「私たちは何もしません。好きな人達でおやりなさい」と言うのと同じことです。

これでは上越市の持つ文化芸術は衰退の道を辿り、観光と言っても何の目玉の無い、見るべきものも無い廃れたまちになるでしょうし、金沢、富山との都市間競争には勝てるはずがありません。絶対、行政の考えややり方を変えなければ良いまちにはなりません。

 

 それに各芸術家団体の携わる組織がそれぞれが連携すること無くバラバラであったり、その会長は名誉職に甘んじているだけでは何も前進しません。芸術団体や組織の幹部の人達も自分たちの意思を明確にして行政や政治に係わっている人を動かし、その人の持つ力を使うことが肝要と思います。市民のやる気、結束、リーダーのエネルギーが芸術文化の薫る個性的なまちを創るのだと思います。

 

 

 

 

2015-03-16 14:18:28.0 新幹線はこの街を生まれ変わらせるチャンスです

計画から半世紀近くが経過し、ようやく平成27年3月14日、この地域の人々が待望した北陸新幹線が開通しました。これまでの運動に関わった政治関係者、住民の方々の多大な努力に心から敬意と感謝を申し上げます。開業日当日の式典に私も末席にいましたが、胸に紅白のバラを付けた人々を見ましたが、私は心の中で不安な気持ちになっていました。と言うのもその日のニュースで地元メディアは「上越妙高駅」を取り上げていましたが、全国ネットで報道されたのは金沢・富山・長野ばかりでした。上越も沿線のはずなのに地図にも載らず、街の名前・駅名さえも紹介されませんでした。それだけ“新潟県上越市”は全国的なイメージが希薄であるという証左です。逆にいえば地名・駅名はそれだけ大切だとも言えるのです。

 私たちの郷土は文化・歴史的に見ても決して金沢・富山・長野に引けをとってはいないと信じています。しかしながら観光メジャーになれず全国的に知名度が低いのか色々と考察してみました。

  1. 新潟県人、特に上越人は物静かで万事控えめ、消極的である。
  2. 性格的に陰性で何事も前向きではなく冒険心・チャレンジ精神に欠ける。
  3. リーダーシップの欠如、後方で目立たないように行動する。
  4. 個性的なアイデアが出てもそれに乗らず、否定的になる傾向がある。
  5. 人との交流に積極的ではなく、排他的な傾向がある。

自省の意味を含めた事でもありますが、若い人たちはこれではいけないと言う動きがありますが、現在の50代後半からの世代はとにかく排他的で若い者の意見を聞きたがらず、むしろ潰しにかかっている雰囲気さえあります。これでは金沢・富山・長野との都市間競争に勝てる道理がありません。新幹線開業に伴い今までの考えを改め

  1. 常に柔軟で斬新な考えを持つ習慣と人間を育てる地域性を創設する。
  2. 人脈・金脈・情報収集能力を高める地域性を作る。
  3. 日本・世界を視野に物事を考える習慣を作る。
  4. 老若男女問わず広く意見を取り入れる。
  5. 1~4を行ううえでは常に地域の歴史文化を尊重する。

1~4と5を並べた場合、やもすると矛盾するとおもいますが、観光戦略として成功している上越以外の都市はいずれも地域の歴史と文化に足を付けた戦略を展開している点を考えれば上越のこれからのまちづくりに必要なものは何かと言う事が分かってくるように思います。

 私は若い時、日本国内を8年間周り、その後ヨーロッパを放浪して色々な街を巡って参りましたが、活気のある美しい街は食べ物がおいしく、文化の香りが漂い、住民は温和で親切、そして何よりも自分の街に誇りを持っています。

 私たちもやってできないことはありません。そんなふるさと上越を創って参りましょう。よろしくお願いします。

2015-03-06 03:53:58.0 『川崎市中学一年生殺害事件』原因はやはり今の教育にあり。

 川崎市で、中学一年生、上村僚太君が無残な姿で殺害された事件が、連日テレビ・新聞で報道されています。この世に生まれて13年。短すぎる人生でした。

顔写真を見れば、まだあどけなく笑顔の可愛い少年です。我が子を突然を失ったお母さん、お祖父さん、身内の皆さんの悲しみは如何ばかりでしょう。私たちの想像を超える苦痛の日々だと思います。そして現場から遠く離れている私も僚太君の冥福を祈り手を合わせます。

 

 それにしてもあの多勢で弱い者を、それも刃物使って残虐な殺害を犯した卑怯な若者3人。彼らへの怒りが込み上がってきます。しかし私はこう云う事件は起こるべくして起きたと思っています。

それは“今の日本の社会、学校、家庭において、教育の理念の間違いを正そうとしていない”からです。

 

 この日本では、教育を生業としている学者、官僚、評論家、政治家、教師など、それこそ星の数ほどの人達がいて、名論卓説を述べています。また歴代内閣においても高名な人たちが集まって会議を重ね、首相に答申していますが、その都度文部官僚や日教組の頑強な抵抗に合い、答申案はつぶされてしまい実行されることは殆んどありませんでした。それが我が国の教育の現況です。よって本当にやらなければならない教育そのものの改革が成されず、その結果このような悲惨な少年犯罪が次々と繰り返される日本社会となってしまったのです。

 

 以上の現在おかれている教育の現況を見るに付け、私は次のことを訴えます。

① 現代は地方分権の時代です。教育においても巨大化した国家権力による中央集権的教育制度ではなく、地方に義務教育の全てを任せるべきです(私は江戸時代の藩校制度を理想とします)。したがって文部省は不要となる故、解体しなければならない。

法律が教育を縛るから時代の変化に対応する教育が出来ないのです。             

② 幼年ー小学校ー中学校ー高等学校までを義務教育一貫性とし、特に人生の基礎を築きあげる中学校3年間は全寮制とする。

③ 教師は労働者ではない。よって教師の労働組合『日教組』は解体する

④ 教育の基本は道徳教育。人間教育を優先させる。そこでは日本風土に適した『礼』『勤』『忍』『仁』の武士道精神を教え込む。

⑤ 語学、科学、数学の一般教養科目を極めさせることはもちろん、これからの日本が直面して行く少子化問題、国防問題、農政問題、環境問題、外交問題、経済問題、身近では郷土愛、人間の絆の諸問題を取り上げ徹底的に討論させ、実践させる教育を推進する。

⑥ 個人主義より共同、共栄の意義を教え込む教育を。

 

 今、地球上の国々で宗教観、部族の違いで絶えず争いが絶えない国が在ります。それらの国々は今後50年、100年後も発展することは無いでしょう。それは未来を担う子供達への教育が争いの中では真面目に成されていないからです。

 

 ひるがえって我が日本国においても悪しき自由と、悪しき論理に毒された現在の教育を続けて行けば、やがて日本人の民度は落ちて行き、国力は衰退して行くでしょう。

 私たちは2000年の伝統と歴史を誇る日本固有の思想、生活習慣、伝統文化を今一度取り入れた教育を成し、子供たちに自信と勇気が自然と湧き出でる『善因善果』の方向に進むべきです。

 そうすれば将来が明るく、未来が開けて行くと確信します。

 

  子供たちに正常な精神を育ませることが教育の『第一義』とは思いませんか。私はそう確信しております。