えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2018-11-23 21:12:59.0 この寂しい時代の流れ、このままでいいのかなぁ~

 平成の時代も残り少なくなりました。思い返せば昭和30年代、戦後の復興に向け、この上越地方も随分活気があり、映画館など土日は立見席もギッシリ。まだ家庭にテレビが無い時代ですから、大衆娯楽のトップを走り、名画、名優、名監督がキラ星の様にいました。そんな映画館も全国的に少なくなり、映画と言う文化も希少な価値であると思っております。高田に只一軒、本町六丁目に高田世界館があります。日本随一のバルコニーのあるレトロな映画館です。市民の皆様で応援して、このまちの古い文化を守りましょう。

 また消えてしまった娯楽の一つにお祭りでの奉納相撲大会があります。神様に疫病退治や五穀豊穣を祈り、神社の境内の土俵で盛大に行われ、企業の相撲部や青年会など、日本の男なら誰でも相撲が取れた時代でした。まだごく僅かに残っておりますが、この灯も消えないように今必死です。

 新しく生まれてくるものがあれば、消えて行くものがあるのは承知しておりますが、高田の街からデパート、いづもや、長崎屋、大和が消え、直江津からも近くイトーヨーカ堂が撤退するというニュースを見ると、どんどん寂しく旧市街地が衰退の道を歩んでいる様な気がしてなりません。まちの中から元気が消える、楽しみが消えると言うのは、市民の顔から笑顔が消えるのと同じです。

 まだ私が20代の頃、全国的にトリスバーやニッカバーが流行り、カクテルとアメリカの音楽、ジュークボックスからプレスリーやポールアンカが流れ、人々は一時のバーでの語らいが、コミュニケーションの場であり、娯楽の場でした。しかし、仲町や直江津の夜の街からネオンの灯は消えています。今の若人は酒も飲まず、人と逢って語り合う事が苦痛だと言う事で、ただスマートフォンやパソコンと向き合い、それで物を買ったり、色々な情報を楽しんでいるようです。どんどん時代は流れていますが、年寄りにとってそんな現代社会は決して情緒があって楽しいとは思えません。

 街の中が暗くなる。そこを食い止めるのは行政だけでは出来ません。この町に住む住民の協力なくして出来ません。運命共同体なのです。

2018-11-23 13:03:14.0 <地方の停滞は国の停滞>

 

 地方の中で元気で活性化している所と相変わらず存在感も個性も無く従来通りただ普段通り自治を運営している所もありますが、大多数は変り映えのしない変哲も無い自治体が多く、国が「地方の時代」「地方創生」と叫び訴えても何をやれば良いのか分らず、今までやった事の無い新しい発想が浮かばないのです。これが今の日本の地方の実情です。

 

 地方のリズムとはあまり変化や新しい流れに対応が苦手の「長男・長女文化」が長く定着して親や親族、地域性、風習、習慣通りの毎日が続き地味で消極的な人間が多く、その反面自尊心とプライドが高く人と人との協調性に欠けていますので考えに柔軟性が乏しく新しい時代の流れに対応が出来ないのかしないのか、その発想の対応が地方力の弱い部分だと思います。子供の頃から環境がそのままで、そして何とか三食食べていける、今の所何も不安も無い、この今の状況で不足は無いといった人達が多く、地方の自治体もそこに住む人もこれでいいのだと思っている人が多いのだと感じます。

 

 何より地方の一番の問題と悩みは地方の人は自分の意見を表わしません。意見が無いのかと言えばとんでもなく多くの考えや意見があるのに言わない、表わさないのが地方人の特色です。その為に地方のリーダーになれば苦労が多く批判だけで協力者がいないために地方の力を発揮すべき集団やグループであるべきなのにパワー不足になりその結果地方が活性化しなくなる構図がここにあるのです。何事にも消極的で行政を頼りにおねだりばかりで自ら意見し行動しない土壌や気風の所が多いと思いますが、力強いリーダーが出にくい所は間違いなく世の中の動きから遅れます。とにかく志ある仲間で勉強会を始めることです。

 

 もう一度自分のまちの歴史や人物を顕彰し先人達の努力に学び、リーダーと仲間の絆を深め、もう一度自分達の住む町や地域がこのままで良いのか議論を重ねることから先ずやってみることだと思います。都会は一日として休まず進化しています。地方も時代を読み時代を創る意欲を持つべきです。工業、商業、農林水産、教育、スポーツ、文化、医療福祉、観光、イベント、総合的な町づくり、町興しは必ず地方でもやれると思います。

 

2018-11-22 12:36:06.0 ♢ お金と地位があっても幸福でない…!♢

 フランスの喜劇作家モリエールの作品の登場人物にそっくりの「守銭奴」のモデルが日産自動車の会長のカルロス.ゴーンの息態です。 最終的には犯罪者、経営手腕があっても人間としては失格です。

 

 明治初期.日本の経済発展の功労者、銀行家でも有り実業家でもあった渋沢栄一翁は経営者に「ソロバンと論語」を持ってと指導しています、論語は紀元前より人間のバイブルです(聖書)。 特に人間の上に立つリーダーの心構え、人間教育の教科書で日本の国が一つにまとまった頃から、仏教と同じ位にこの教えが素晴らしいと分かり、柔軟で素直な日本の指導的な、皇室.武家.宗教家が儒学を取り入れ、江戸時代には日本の教育の原点の藩校や町の寺小屋まで「孔子」「猛子」の儒学を、国民の基本的な道徳教育の柱と致しました、世界一の教育力の高い民族が明治と言う新しい制度の中で国家を築きましたが、経済人も「守銭奴」でなく儲けたお金は税金で国に納めたり、地域にも多額な援助の寄付を行って社会に還元する経済人が日本社会には沢山いました、お金は必要であるがすべてでは無い、逆にお金は人間を汚くし人徳まで奪い、家族や友人も信用まで無くす事もあると儒学は教えています。

 

 カルロス.ゴーンもトランプも習近平も「力」があれば お金さえあれば人々と自分の力を固持出来ると思っているのです、大も少も共通ですリーダーに徳が無いと必ず行き詰まり、悲劇的混乱が起きるのが2000年前の予言者でありとうじの学者、宗教者が書き残しています。

 

 人間は優秀なようですが愚かな間違いを繰り返す生き者です、お金持ちになりたいと言う考えより、周りの人より信頼や信用えて人に好かれる財産の方がより以上の価値があるのに、「守銭奴」は真実を見る心が無い不幸な人が多い世の中困った方向に走っていると思いませんか・・!                                                                       それでは又、