えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2018-08-22 07:33:43.0 ♢ 議員の実情とは・・! ♢

 上越市は合併っを行って、本当に活力が生まれ経済成長や住民の生活面で、ここの所が以前より良くなったという面では、子育て環境と高齢化福祉の施設や介護施設は、国の方針もありますが随分以前より改善されたと思います。又、行所のスリム化により議員の削減、それだけで14の市町村の平成の合併は国の財政改革の計画通り、首長や助役や教育委員会に至るまでリストラや改革の嵐が吹き荒れ、人件費を節約する事が出来ました、

 

 私も議員ですが年金制度は廃止されましたので、25年間議員生活を続けても退職金もゼロで年金もゼロです、現在議会では議員選挙に出やすい環境を改善する為、検討委員会を立ち上げ会議を行っておりますが、どの様な制度案が議論のテーブルに上がってくるかを感心を持っているところです、議員について色々なご意見を聞きますが中にはこの様な人がいました、議員の報酬や給料は高すぎる、名誉職だからボランティアでやれと言う市民の声もあります、そういう人は 議員活動の本当の実態を全く把握せず観念論で世の中を見ている人達です、議員は市長を始め、市役所のすべての金銭(予算・決算)のチェックを365日調査監視する義務があります、又条例や規則の改善.制定の議決、様々な工事規約の証認の議論と裁決を行い、2ヶ月に一度、直接市の最高責任者に政策のチェックや姿勢や意見を提言する立場が確保されます、19万市民の代表に選ばれた人間だけの特別な権限です、それだけある面で本当に勉強していないと行政のあの複雑で難解な制度.法律.条例.規則を知らないと恥をかきますし、政治の世界は奥が深く複雑ですそして言葉では表せない程、本人や家族の厳しく辛い洗礼を自分のお金を使いやらなければなりません、その大変な事の苦労も理解せず、ボランティアでやれと言う声では、ますます議員のなり手はいなくなります!                                                   では又、

2018-08-19 07:35:10.0 ♢ 原爆を投下しなくても、終わっていたあの戦争 ♢

  8月と言うと73年間ずっと、必ず広島.長崎の原爆投下の事が、新聞やテレビのニュースで報道されます。

 

 日本人として忘れてはならない事です、昭和10年代に入り世界的な大不況が続き欧米では失業者があふれ、どの国の指導者達も色々な景気浮上政策を実行しましたが、一行に景気回復につながらかったのです、アメリカのその時の大統領は 31代ハーバート.フーヴァー氏でしたが無能の大統領と評価され、32代フランクリン.ルーズベルトと交代した、この大統領とその側近の参謀は、戦争こそが生産過剰の物資を大量に消費し景気回復には戦争だと言う考えで、何とか東南アジア、特に中国.満州の市場をねらっていたアメリカは日本の力を弱め、眼の上のたん瘤を抹殺する為に、イギリス.中国.ソ連のスターリンなどと話し合い、日本を戦場に引きずり出す事しか考えないアメリカ第一主義 ! アメリカの国益優先の今のトランプ氏以上にアメリカは、昔から自国の事しか考えない国なのです。 日本は山本元帥司令長官.米内光政.井上成美などの指導者は、日本は半年しか戦える国力しかないので、その間にソ連イギリスを仲介に立てアメリカとの和平口承を実現する為に努力しましたが、ルーズベルト大統領は一切聞く耳を持たず戦争を長引かせた、昭和208月に広島市で20万人、長崎で14万人の、武器を持たない丸腰の市民を殺害した、良心のかけらも無いのがアメリカと言う国です。

  

 ルーズベルトは昭和19年で脳出血で亡くなりましたが、腹心の副大統領トルーマンや連合国はポツダムに集まり相談し、ポツダム宣言「無条件で降伏」しろと発し、手を上げ和平を願い出ている日本に、落とさなくても良い原爆を落した事を、歴史的に日本人は忘れては成らない、あのしたたかな外交口承にたけている人種の欧米人.朝鮮.中国.ロシヤ政府です。

 

 口承は経済力.国の結束力.愛国心.教育など常に強い国をつくると言う国民と指導者がその国家観があるかで決まってきます、平和は言葉や観念論でなく現実と歴史を把握する事でないでしょうか! 平和ボケは危険です、アメリカはいざという時、日本を守ってくれません、自国の国民の命と財産を守るだけです。 どこの国も当たり前の事ですが・・!    

                                                              では又、

2018-08-16 21:53:30.0 「保守政治塾 琢磨の会」の8月15日

 平成30年8月15日。平成最後の終戦の日。高田公園忠霊塔前で営まれた戦没者追悼法要に参列させて頂きました。

  琢磨の会としての参列は今年で3回目。50名の仲間と共に、英霊に対し哀悼の誠を捧げ、遺された者としての役目と責任を自覚し、心を新たにいたしました。追悼法要の関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

 

 

 さて、戦後73年を経て、これまで頑張ってこられた遺族会の方々の高齢化と会員数の減少が顕著になっています。今後は活動の維持が難しくなるであろうことは私の目にも明らかでした。しかし、誰かがつないでいかなければならない。国難に臨み、国家の礎となって下さった英霊に対し感謝をし、それに報いるために平和と繁栄を誓うことは私たちの責務。これを蔑ろにしては私たちに未来はありません。

 そこで、ひとつ提案があります。気持ちはあるのだけれどまだ足を運ばれたことのない方、これを読んで関心を持たれた方、是非一度追悼法要に参列してみてはいかがでしょうか?私自身も祖父が戦死しておりますが、琢磨の会で参列するまでは一度も足を運んだことはありませんでした。しかし一昨年、初めて参列させて頂き、心が動きました。まずは現場に足を運び、実際を知ることから始まると思います。来年も、10年後も、20年後も、追悼法要は8月15日の午前10時から忠霊塔にて営まれます。「親族に戦没者がいないから・・・」と遠慮されている方もおられるかもしれません。個人的な考えですが、これからは国民みんなが遺族だという捉え方でいかなければならないのではないかと思っています。

 本文前段で厳しい現状を書きましたが、明るい兆しもあります。ひとつは、一昨年より昨年、昨年より今年の参列者の数が着実に増えてきていること。もうひとつは、昨年から始まった、平安セレモニー様によるテントの提供と冷茶のサービスのように、地域で支えてくださる動きがあることです。私たち琢磨の会でも今後も参列を継続し、その輪を広げていくことで、微力ながらもお支えする力の一端を担いたいと考えています。

 

 追悼法要参列後には、会場を榊神社社務所に移して、例年通り勉強会を行いました。

 

 前半は永島義雄会長による講義、『今こそ熟慮の時』。戦前・戦中・戦後の歴史に触れ、「戦後73年を振り返り、歴史の真実を見極め、自虐史観から脱すること。日本と日本人が本来持っていた高い道徳性や精神性、心の在り方、国を愛する心を今一度大切にすること。自国に誇りを持てなければ、厳しい世界情勢の中で日本が自立していくことは難しい。最も大切なものは教育。」と語りました。

 

 後半は、会員による意見交換会で、参加者全員が自身の思うところを述べ合い、充実した1時間半でした。

 

 以上、戦没者追悼式と琢磨の会勉強会について思うところを述べさせて頂きました。

 琢磨の会では、共に活動する仲間を募集しています。我と思わん方、ご連絡をお待ちしております。

 

(文:保守政治塾『琢磨の会』幹事長 髙橋浩輔)