えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2014-09-07 14:14:20.0 「情けない教育の荒廃、現状では日本と地方の明日がない!」

ごく最近の事ですが、盲目の方を誘導する盲導犬にフォークを刺したり、15歳の少女が同級生を殺し首と手首を切断し腹の中を見たいと言って切り裂き、部屋の中を血の海にして平然としている子供が現れたりしています。

 

すべての子供が悪いと言ってる訳ではありませんが、相変わらず陰惨な「いじめ、校内暴力、登校拒否、子供の自殺、引きこもり、また、若い親達の子供への虐待」など子供達の世界やそれを取り巻く世相は昔なら考えられないくらい混乱しており、まさにカオス状態を呈しております。将来的にこのままではこの国の未来がとても心配でなりません。

 

原因は沢山ありますが、一日も早く国民全体で真剣に深刻に考え対策に手を付ける時が来ています。それは正しく戦後教育の反省と見直しです。

戦前の教育はその元で戦争を行ったために間違いであり、日本の教育はすべて悪いといいながら戦勝国アメリカの自由と平等や責任感を教えない身勝手な民主主義教育と左翼思想に染まっている教職員組合、官僚、学者などに戦後教育は指導権を握られ、現在も戦争を中心とした自虐史観で69年間、日本国の教育界に於いては子供達の指導方法が混乱しております。その結果、子供達の社会には暗雲が立ち込め明るさや希望が見えておりません。

現在の教育制度や教育に携わっている組織・教育方法などは完全に動脈硬化機能不全に陥っています。思い切った大胆な教育改革をやらないと必ず日本はおかしくなると思います。

 

そこで日本人の教育は2000年の歴史と文化・伝統を誇りに持ち、先人達が大切にしてきた宗教的道徳観や東洋思想の儒学・陽明学を教え、特に日本人に合わない不純な文化・哲学、外国の風俗・習慣などはこれを取り入れないようにすることが肝要と思います。

また、スポーツに於いては「礼に始まり礼で終わる」精神強化の禅剣一致の武道教育を行い、高校3年間は全寮制の団体生活を行いながら「食」は自ら農業・漁業を体験させ「人間生きるとは何か?社会に役に立つとは何か?国家とは何か?故郷と家族、地域のためになるとは何か?」など人間として立派に自立できる様な教育指導を行っていくべきだと思います。そして考え責任ある行動する人間を育成する教育の原点に戻る教育指導が現れて欲しいと思います。

 

人材を育てなければ国も地方も繁栄は出来ません。国家の安全保障と教育は一体感を持っています。それに経済と福祉がしっかりと結束する理想的な国づくり、町づくりが大切です。厚い壁を破り教育の専門家も新しいやり方、新しい発想の子供の教育制度をやる時です。従来通りの学者や校長の意見ではなく民間の管理職、経験者などもどしどし登用し教育界に新しい風を吹き込んで欲しいと思います。

未来の日本を安心して次の世代に託すためにも、今こそ私たち大人が子供達や未来に対して責任を果たす時なのです。

『子供達こそ日本の未来を背負うのです!』

2014-08-31 16:22:27.0 真に残念‼速達タイプ新幹線1本も停車せず。しかしこの悔しさをまち興しの情熱へ

 先日(8/27)、北陸新幹線の開業日を来年3月14日に決定したことと、運行計画の概要が発表されました。しかし残念ながら東京~金沢間を最短で結ぶ速達型タイプ『かがやき』は上越妙高駅には1本も停車しないことが判明しました。私は真に残念な気持ちでいっぱいです。せめて朝、昼、夜の3本位の停車するダイヤを組めないものかと思います。停めない理由は“採算至上主義”で、そこには膨大な税金を投資した地方や地域住民への温かなる情など一遍も感じません。我々はただ北陸方面へ、長野方面へ向け走り去って行く列車のうしろ姿を見送るのみです。

 

 しかし、今更言っても詮無いことにはなりますが、こういう結果になることは私は薄々予想はしていました。やはり行ってみたいまちのイメージには“駅名”は大切な要素なのです。東京を出て日本海側の最初の駅、歴史と伝統文化を感じさせる駅、佐渡ヶ島の玄関口としての駅。それが『上越妙高駅』ではまったくイメージが湧きません。やはり『妙高高田駅』或いは『越後高田駅』であれば関東、関西の方々もその文化的イメージと位置関係のイメージが湧くと思うのに残念です。

 

 それではどうしたら観光客や様々な交流人口の増えるまちに成れるのでしょうか。

 一つは行政を頼っていてはダメということです。役所の役人は実際の商売実業の経験が無いため、役所の都合の良い方向でまとめてしまい、本当に実情に合って立案することは無理です。私は20年間、様々な観光事業を提案し意見を言ってきましたが、役所は担当者役人がくるくると代わり誰も責任をとるということは終ぞありませんでした。

 

 ではどうすれば良いのか。自分達の商売は自分達で、「こうすればもっと良くなる」という提案を持ち、商工会議所、観光コンベンション協会、各種民間団体組合において人間関係を積み上げ、リーダーを育成し、勉強会を開き出来るものと出来ないものをハッキリさせ、身近のものから創り上げて行くことが肝要と思います。

 身近にあるもの、その第一は“心”です。おもてなしの心、笑顔、挨拶、まちの清潔、店の清涼感。これらはお金が掛りません。これを続けて行くことで日本一リピーターの多いまちにすることが可能です。

 第二に観光客を呼べる環境であるかと言うことです。幸い私たちの南越後地域には、海あり、山あり、高原あり、湖あり日本の原風景が残っています。温泉もあるのです。さらに加えて、歴史と伝統に史跡が多い。食べ物が美味しい。酒が美味しい。美人が多い。心が美しく温かい。情が濃いなど沢山の良い環境があるまちなのです。酒も雪も温泉も桜も日本一のものばかりです。

 

 私たちは自分のまちの良いところを今一度再認識し、さらに勉強を重ね、自分のまちに自信と誇りを持つことが大切だ思います。

 私は本当にこのまちが大好きです。自慢するものが沢山あります。皆様もそう思いませんか

 

 

 

 

 

 

 

 

2014-08-28 05:17:31.0 甲子園球児よ 感動をありがとう

 私たちが生きた戦後昭和の時代、スポーツの世界にも感動がたくさん有りました。

 まず水泳において“フジヤマノトビウオ”の異名を持ち次々と世界新記録を打ち立てた古橋広之進。空手チョップで並み居るアメリカの大男をなぎ倒して行くプロレスの力道山。この二人は戦争に敗れひしがれていた日本人に勇気と希望を与えてくれました。私はその闘いを映画ニュース等で見てその雄姿を鮮明に覚えています。また街頭の白黒テレビの前は熱狂するファンで大変でした。

 戦後もやや落ち着いて来るとプロ野球の人気が高まってきました。そこに戦後最大のスーパースター巨人軍の長嶋茂雄選手が颯爽と現れたのです。デビュー戦こそ金田投手に4三振とキリキリ舞いさせられましたが、その後、攻走守に華麗なプレーを見せファンを魅了しました。そして天皇陛下の見る前で劇的なサヨナラホームランを打ち、プロ野球を国民的スポーツに押し上げ、王選手のホームランと共にプロ野球黄金時代を築きあげました。今でも「四番・サード・長嶋」という場内アナウンスが私の耳に心地よく響きます。

 大相撲の人気も沸き立っていました。学校のクラスが栃錦ファンと若乃花ファンに二分され、二人が対戦した次の日は勝った負けたと大騒ぎしたものです。全勝の二人が千秋楽に死力尽くして水入りの大一番を戦った姿が忘れられません。その伝統が大鵬、柏戸へと受け継がれ、特に大鵬は「巨人・大鵬・卵焼き」と謳われ愛されました。

 私たちの生きた戦後昭和の時代は、生活は貧しくてもそれなりに楽しく面白く、胸を熱くする感動が沢山ありました。

 そして現代、日本は経済大国となり上辺は豊かになりましたが、親が子を虐待して殺し、子が親を殺し、子が子を殺すニュースが後を絶ちません。また食品や機械製品において詐欺まがいの商法で平気で嘘をつき商品を販売し、それがバレて謝罪会見している姿が連日テレビや新聞で報道されています。

 その中で昭和の時代から良き伝統を守り、その一投一打で国民に勇気と感動と涙を与えてくれているのは、甲子園球場での高校球児の皆さんと応援団の皆様です。

故郷からの期待を胸に全身全霊で投げ、打ち、走り、捕る球児の姿は本当に輝かしく、どの試合もどの試合も雲一つ無い富士山を見るがごとく、また美しい日の丸の旗を見るがごとくで、理屈抜きで私は感動しています。

 生きてし生きるこの世の動物の中で感動という感情を持っているのは人間だけです。甲子園での熱闘ドラマは目に見えない努力と汗の中から生まれています。平成の世においても見る人達に与える感動というものはシンプルで純真で美しく気高いエネルギーを持っています。

 人生と云う短い時間の中を旅する私は、何回も何回も感動という空気を胸に沢山吸い込んで旅の終わりを迎えたいと思っています。感動は自ら仕掛け、行動しなければ味わえません。人に甘え、戦わず寝て待っていては何事も感動はありません。

 新潟県勢も全国制覇も手に届くところまで成長して来ました。我が上越勢も強くなって来ました。甲子園を目指す球児の皆さん、今日いまからまた感動に向けて突き進んで下さい。