「自主制」と言う言葉は人間生活の中で極めて求められる大切な事で有ります。
これは 他人の力や干渉を受けず独立して事を行うという事ですが、しかしあまりにもその色が濃いと御制が効かなくなり自ら暴走し、爆発して最後はため息の中で血まみれになり、消滅し崩壊して行きます。
私は、人間ほど動物の中で利巧者はいないと思っていましたが、しかし昨今のある世情を見ていて残念ながら人間は、自らを制御したり自粛する知恵が無い動物だと思えてなりません。
北朝鮮の金正恩労働党委員長の行動姿勢は暴走の一途をたどり、国際社会全体を敵にまわし、核やミサイルの発射実験を笑顔で行っているニュースをみると、国全体が抑制が効かないジェットコースターのような感じが強くします。これを誰も止められないのでしょうか・・!
又、トランプ氏のアメリカ第一主義の暴走も、同盟を結んで来た多くの友好国にアメリカとの関係に不信感を生じさせるものと思います。この事は西側陣営に取って大変なマイナスであり、ロシヤや中国をただ喜ばせるだけで、ますます北朝鮮を調子乗せ、思惑通りと手を叩いて喜ぶことでしょう。
歴史は私たちに大切なことを教えています。
「悲劇」というのは、極悪な権力者の暴走によって、簡単に引き起こるということです。結局それを制止させるのは、国民世論の良識と庶民の結束力であり、それと正しい勇気ある情報を流す良識ある公平・公正な目を持つマスコミです。しかし、それは必ずまた“血”に塗られた歴史を綴ることになります。
さて今の日本のマスコミはというと、中立公平・真実の報道姿勢を放棄し、恣意的にある国家や一部の政党に強く片寄ったような記事を書いて国民を煽り、大衆迎合だけを考え、見る側に媚びりついているというまさに「売国奴」そのものです。
このような現状の中、魂が無く腐り始めている日本の民主主義の迷走に自粛と御制は出来なくなっています。
今一度私たちは、世界を救う思想・哲学として、物欲の世界から日本が大切にしてきた心の豊かな気高い「大和魂」というものを感じ学ぶ必要があります。しかしこの言葉を使うとすぐに「戦争賛美だ!」などと軽薄な事を言ったりする反日左翼集団が騒ぎ出します。
世界一、道徳的で秩序正しく、質実剛健なかつての「サムライ」精神の国に戻す運動を国民や市民が考え行動することが、今の日本に求められるべきことなのです。
自分さえ良ければそれでいいというような、すべての国民の心がバラバラで、意欲も生きている意味や価値すらも考えない、甘えてばかりいる国にはなってはならないと、つくづく思えてなりません。
反省と点検は常に行うべきです!
今日はこれくらいで・・!。それでは又。