えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2018-03-11 16:34:02.0 <教育こそ歴史に学べ!>

 

 現在安倍内閣は一生懸命地方創生や地方再生と地方の時代に力を入れると言っておりますが地方は今日本全国と言っていい程人口は減り続け若者や子供が減り、中心商店街は貸店舗の張り紙だらけのシャッター街となり永く続いた老舗やその町や市の代表的なお店もどんどん姿を消し、昔はその地域で世話役やまとめ役だった商店の旦那主もいなくリーダー不在となっているのが今日の地方の時代の実態ではないでしょうか。このような姿になってしまったのは私は当然だと思っております。その主な原因は現在の教育体制ではないかと思います。 

 江戸時代は日本全国には239の藩があり優秀な人間ほど各藩で更に力を入れて人材を教育しておりました。又その土地その土地の土壌を大切にした教育もありました。薩摩の「郷中(ごじゅう)教育」です。非常に合理的でリーダーを生むには格好のやり方で少年達の自治組織による教育です。鹿児島城下を150の方限(ほうぎり)に分け「郷」を成立させ、年齢別に6才~10才を「小稚児(こちご)」、11才~15才は「長稚児(おせちご)」、元服した青年を「二才(にせ)」、妻帯先輩を「長老(おせんし)」と分け、身分・年齢の異なる者がグループ(郷中)を作りカリキュラムも先生も存在無しで、全てを自分達で決め年上の者が年下の者を何をどうするかを選択し、学問・武術・作法・遊びを仲間同士で切磋琢磨し、①負けるな②嘘をつくな③弱い者をいじめるな、を基本としました。

 隣の郷中と競う大会もあり薩摩藩独自の教育制度がリーダーシップ、判断力、人対人の付き合い(外交)、政治力などが子供の頃から養われ、幕末期に徳川や他藩と巧みに距離を取りながら維新や明治の政界、海・陸軍の中枢、医学・教育界などこの国の大事な要職に薩摩藩士が就いているのはこの「郷中教育」の賜物でした。又同じように立場は違えども会津藩も徳川親藩として最後まで武士の一念を貫いたのは藩校「日新館」の教育でした。賊軍の汚名を浴びながらも明治の世では沢山の逸材をこの国のために送り出している地域です。 

 一方戦後の教育制度はGHQからは自虐思想を押し付けられ、歴史と伝統ある我が日本を誇りに思う気持ちをもぎ取られ、GHQの言うがままに教師に左翼思想の組合を作らせ、子供達へは戦前教育を一切否定し利己主義的な自分勝手、無責任人間を作らせ偏差値重視の一切人間味の無い徳育を置き忘れた学校現場となりました。その結果子供のイジメ、自殺、不登校、引きこもりなどの惨状が起きているのです。 

 その原因の解決は、教育こそ地域が地域の子供をしっかり育てる、中央集権の制度を改める、大きな教育改革を政治家の手で行うべきだと思います。教育とは所謂名門、一流大学に入る子供を作ることでは無く、 一人の責任ある家庭をしっかり持てる人、人として人のため社会のために役に立つ人間を教育の場で教育を通してつくることです。

 

 新しいことより歴史に学ぶ素直な心を持つ教育界のリーダーが出て欲しいと思います。