えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2018-06-06 16:44:07.0 〈人生とは何かを考える仲間づくり〉

 

 本年は例年に無く寒かったのか知人の方の葬儀が多かった年でした。参列させていただく度に高齢化社会を現実として受け止めます。最後の別れ、無言の友人知人、特にご支援いただいた同志、戦友の棺に花を入れる時は万感の想いが込み上がってまいります。この世での修業を終え浄土に静かに旅立っている顔、つくづく感じるのは、あの世には人間は何も持って行けないのに何故生きている時は人間は欲深く、名誉や肩書やお金や財産を残すことにのみ執着し我欲のみに夢中に生き、周りに嫌われ結局友達も少なく、陰に廻れば悪評だらけの寂しい不幸な一生の人の葬儀もたまには出くわします。

 

 色々な人間の最後のセレモニー、この別れの儀式を年間に数十回も見ていると本当に人生観が変わります。大きな会社を経営したり、公的な仕事での肩書があったとしても廻りの人から好感を持たれ最後まで私利私欲では無く「まち」のため地域のための廻りが良くなれば自分は少しくらい損をしても無心で汗を流す努力をして、なおかつ何もおねだりもしないで淡々とやるのが当り前、俺が俺がも無く辛く難しい事をやり切っている人がいます。こう言う人が、この世に修業に来ているんだという事を悟り、一生をしっかり生き切った人だったと言う死に顔との出会いが何人かおられます。そう言う方の葬儀には列席者も多いです。

 

 「徳」の種を蒔くから世の中は合わせ鏡、自分に「徳」が帰ってくるのだと思います。自分さえ良ければそれで良い、他人の幸福など無関心、世の中の事などは関係無い、こう言う恥さらし人間の顔は死に顔まで暗いです。この世は皆な人生は短いものです。生きている間は世のために良い事をやりませんか、少しだけ力を出してくれませんか、難しい事ではありません。世の中を悪くしている人の手助けをしたり応援してはいけません。世のなかを良くする人間を見極めたらその人を応援する為に口と足を使えば十分な「徳積み」です。

 

 今大事な選挙を行っています。それなのに投票も行かない、何もしないと言うより進んで勉強して政策が同じなら応援、支援する事も立派な社会への貢献です。そう言う方こそ「一隅を照らす国の宝なり」の人です。こういう生き方の多い「まち」や国は平和で繁栄を続けられる所です。

 そんな仲間を造っているのが「琢磨の会」の仲間です。生涯青春、生涯勉強の心が集まります。