えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2018-12-03 17:01:17.0 <本音が封印されて行く社会>

 近頃この国は外敵よりも内部から腐り始めているように思います。先ず目に付くのが子供の教育をきっちり責任を持ってやらない親から始まり、学校でも職場でも地域社会でも責任上、当たり前に厳しく指導するべき立場の教師、上司、先輩、年長者達が、昔なら当たり前だった方法で厳しく接すると、即パワハラだ、人権無視だ、セクハラだ、差別だとマスコミを始め世間がまるで犯罪者扱いのようにしますから何か問題があってそれを見ても見ぬふり、親も子供に厳しく躾出来ない、しないから困った世の中です。

 

 子供を思うがあまり、言うがまま買い与え甘やかして育てた結果その子供が親に対して将来尊敬するかといったら全く逆で、悪い事をしたら厳しく時には鉄拳制裁も厭わず育てられた子供の方が、その時は憎まれましょうが将来親を尊敬するであろう事は自明の理です。昔は曲がった事や悪い事を看過出来ない正義感の強い頑固な人が多く怖い親、厳しい先生や先輩が沢山いましたので社会全体が貧しくても「心」は貧しくは無く背筋が真直ぐな秩序を守る国民性でした。

 

 しかし平成の今日、本音で注意や指導も出来ない有様の中で本当に厳しい荒波の国際社会のい中を乗り越えていけるのでしょうか?又人間同士の絆、親子や兄弟、姉妹、親戚との付き合いもどんどん薄くなり高齢化と少子化、社会孤立や孤独な社会へと時代の流れが進む中、やはり日本が世界に誇って来た素晴らしき日本の伝統文化を今一度継続する習慣を取り戻すべきです。その為には全て昔の考えや厳しい中にも愛情のあった堅物の頑固親父、頑固爺婆がいる社会に戻すべきです。

 

 話がわかり人に嫌われない人は意外と内面は冷たく、愛情の薄い人が多いのです。本音を言いたくても言えない環境の現代社会、一見耳触りのいい民主的な自由平等社会と言っていても、責任逃れの建て前通りの薄情社会より本物の義と人情のあった社会の方が良かったと感じますが如何でしょうか。

 

 「散る落ち葉、ますます昭和が遠くなり」

               よしお