えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2021/02/23 22:45 <住みにくい雪国、現代人の心の現れ>

陽の光は冬の終わりを告げています。令和2年末から令和3年の1月「雪の高田」と昔から語られてきた通り、屋根の雪下ろしを行いました。行政が中心となって、下ろした道路上の雪の排雪作業が行われたり、流雪溝のある町内は住民の手で雪処理作業が連日続きました。ここ数年、地球温暖化でこれからは小雪だと誰もが思っていました。しかし自然の力はそんなに甘くないのです。高齢者のように、雪に対して全くの弱者の方々は不安、恐怖、大きなストレスで辛い毎日を過ごされたと思います。そこで、この上越は雪が必ず降る、その対応だけは行政と住民の意識をもう一度確認すべきだと思います。あの東北の大地震の時、津波の被害に対して、住民と行政が一体となって常日頃からその時の対応に備えていた自治体は、死者が一人もいないところもあったのです。

 

一斉雪下ろしは、専門業者も作業員が手薄で対応は難しいのです。又一人暮らしの高齢者宅は民生委員が業者の一覧表を基にしてお願いしても作業員不足で業者はお手上げ状態だったのです。私が議員時代に雪下ろしボランティアを行政と各町内会で立ち上げるべきであると何回も発言してきました。しかし、小雪が続くと、その意識が薄れ、忘れ去られてきましたが、やはり今年の様に自然界には絶対はありません。災害時に対する心の準備、物の準備、特に人間関係のネットワーク作りなどの気配りが大切であり、この事だけは自然災害列島の国である日本では子供の教育や青少年、壮年に至る社会教育の中で世界一のボランティアによる雪害克服制度を国、県、地方自治体で導入し、少子高齢化社会に対応した雪対策を雪の高田平野の中心地から声を上げる時だと思います。“我関せず”この考えが人間の大切な「仁」や「慈悲」の精神を失い「孤立社会」「断絶社会」を作っているのです。昔は皆で助け合った社会でした。高田の雁木は優しさの表れでした。