えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2013-01-22 09:55:29.0 高田開府400年事業、何を残すか

 高田開府400年記念が近づいて来ています。わが町高田は、徳川家康がこの地を重要拠点として45万石の越後最強にして最大の城下町を築き、慶長19年(1614年)に六男松平忠輝を高田城に入城させたのが始まりです。その後幾多の藩主の交代がありましたが、寛保元年(1741年)から徳川四天王の名門榊原家が明治維新までの130年間を統治しました。
 時代は明治、大正、昭和、平成と変わりましたが、高田の人達は榊原家を誇りに思い、この城下町の歴史と文化を守り続けているのです。
 
 大正2年(1913年)9月10日から16日までの1週間、高田開府300年記念祝賀事業が盛大に開催されました。雪深く、何事に付け地味で消極的な田舎の城下町が、かくも盛大にして華やかなイベントを企画し演出したのか、私は今でも不思議に思っています。
 上越地域の近代化の基礎を築いた、高田市初代市長・倉石源造の指導力、発想力そして止むに止まれぬエネルギーとパワーがそうさせたのでしょうか。
 
 明治41年(1908年)誘致に成功した陸軍第十三師団が入城し、人口も増え高田は軍都として経済発展をして来ます。そんな中での開府300年祭は、県内初の展覧飛行によるエンジン音とプロペラの空を切る音に観衆は熱狂しました。また榊神社での祭典、法宝物展覧会、花火大会、提灯行列、芸妓連の屋台山車、など多様なイベントが盛大に行われたことが記録に残っています。

 その後高田は、ハイカラな洋風建物が数多く建築されたり、織物、バテンレース、スキー、農機具、家具などの製造産業も盛んになり、それに伴って商店街や夜の料亭なども大変賑わう様になり、今以上に活気に満ちた町であったようです。

ひるがえって平成の今日を見るに、新幹線開業間近なこの町として100年前のあのエネルギーとカラフルな発想力を持って100年後に残す事業を誰が指揮し、指令しているか全く見えません。また時代の流れを感知し、指導する塾もありません。

 そこで私たち仲間が集まり、市民学習塾『雪下駄塾』を立ち上げ新幹線時代に相応しい勉強会を開催しています
 「温故知新」今こそ先人の知識、生き方を学びましよう。“高田開府400年”そんな理念を込めて盛り上げて欲しいと思います。

2013-01-13 22:05:32.0 安倍総理の指導力に期待する

国民は愚かではない。「ならぬものはならぬ」という決断を下したのが、昨年12月17日に投票が行われた第46回衆議院選挙の結果でした。

 国民の期待を三年四カ月もの間裏切り続けた民主党政権でありました。彼らの主義・主張・行動はどう考えても日本国民の為にしているとは到底思えないものばかりでありました。しかしながら、今回の総選挙でその大部分が国政の場から退場した事に国民は拍手喝采の中で旨い酒を飲み、新春を迎えました。

 特に新潟県民の良識と政治レベルの高さに私は驚きと嬉しさがこみ上げてきましたが、今回の自由民主党の大勝に嬉々としてはいられない状況であります。国民は無為無策の民主党政権を見て今回の第二次安倍内閣に対して強い期待と厳しい目を以って臨んでいると思います。民主党は内政外交問題で無為無策・混乱ばかりを誘発した挙句、自滅したのが自民党の今回の大勝につながった事は否めず、「自民党がよいから」と投票した人は少なかったように思います。それだけに安倍首相のスピーディーな政策実行力にかかっており、再び「美しい国日本」を取り戻すために必要なものであります。

「失われた20年」を取り戻すには従来の立法・行政システムでやっていたのでは何も変わらず、まずはその反省と立証が第一であります。
 また実行力においては安倍総理一人ではなく、中央の官僚・地方の役所の公務員に至るまで、今までどおりの「役人仕事」「縦割」的な発想ではなく、民間レベルに近い効率の高い財政運営と新しいアイデア提案型の行政改革で再びこの国を世界から驚愕の目で信頼と尊敬を集められる国にする事が必要です。
 また国民も「行政依存」から脱却し、国民としての義務を果たさなければならないと思います。


「良い国」になるか、このまま「昔の栄光を懐かしむだけの国」になるか国民一人一人も覚悟を決め、努力と結束が必要な時ではないでしょうか。

2013-01-03 19:06:15.0 年頭で祈ったこと

 明けましてお目出とうございます。本年も何卒よろしくお願い申しあげます。

 初詣に行かれましたか?
 お正月は、この国が後世永遠に伝えて行かなければならない伝統行事であり、文化です。多神教のわが国では、沢山の神様仏様に手を合わせ祈ると云う素直な習慣が何千年と伝承されて来たのです。
 2000年も続くキリスト教とイスラム教の争いのごとく、外国では宗教の違い宗派の違いで紛争が絶えません。それらを見るにつけ、日本に生まれたことを感謝し、さらに身も心も世界一幸福感のみなぎる国になって欲しいと願って、私は神殿に手を合わせました。

 東北大震災の時、天皇陛下が記者会見で「私の祈りの気持が神様に通じなかった」と落ち込んでおられるお姿を拝見しました。天皇家は代々神官として、国民の安寧と五穀豊穣を祈り続けておられる祈り人なのであります。元日の朝、四方拝の儀があり、陛下は四方の神々や御陵に遥拝し、この年の泰平と国民の幸福を祈っておられます。
 我われ国民も神仏に手を合せ、この一年間大震災や原発事故も無く、疫病の流行も無く、またテロによる殺戮の無い平和な一年であるよう祈りたいと思います。

 さて新年に当り私が上越市に関して祈ったこと

①新幹線新駅駅名「妙高高田」に  (JRに命名権がありますが)上越線と紛らわしく、歴史や伝統を全く感じさせない「上越駅」など絶対反対です。アンケートで36,000人の推薦を得ている『妙高高田』駅にして欲しいこと。

②県立武道館を上越市へ  武道精神の聖地、謙信公生誕の地、上越市に県立武道館新設決定の吉報が届くこと

③(仮称)厚生産業会館を高田駅前へ  客足の落ち込みが激しい旧高田市街地活性化に繋がる(仮称)厚生産業会館を高田駅前へ建設されること。

④民主的な市政を  パブリックコメントによる市民の声の大勢と市民の真の声や意見が反映された民主的な市政運営で町造りを前進させること。

以上の事を私は只々祈ってまいりました。

 「念ずれば必ず花開く」この気持こそ私の宝です。何事も諦めず、がむしゃらに前に向け走り切る一年にしたいと思います。