えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2013-04-30 10:27:37.0 胸弾む気持になれない今年のゴールデンウィーク

 爛漫と咲き誇った桜の花も吹く風に誘われ散り果て、代わって匂うがごとく美しい新緑の季節を迎えました。
 世はゴールデンウィークの真っ盛り。しかし、私は浮かれて行楽に出かける気持にはなれません。

 国内では福島第一原発の放射能汚染水漏れは手の付けられない状況を迎えています。しかもこの場に及んで貯水槽を設計した東京電力と施工した建設会社とで責任の擦り合いをしていると云うのですから呆れて開いた口がふさがりません。世界の海へ汚染水が拡散しないよう“安全を早く早く”と声を大にして訴えます。

 現在市場には食料品が溢れ、私たちは自由にそれを口にすることが出来ます。しかし問題とすることは、その多くは農薬、消毒液、防腐剤など化学薬品で汚染されて来ていて、食品をめぐる環境が著しく悪化していることです。
 遺伝子組み換え野菜や果物も然り、自然の摂理に逆らった食品は体内に入って、もともとの体内物質と科学反応を起こし、ガンやアレルギー反応を誘発する恐れがあることが指摘されています。今後医学も発展します。しかしそれ以上の速さで食品環境の悪化が進み、私たちは長生き出来ないかもしれません。心配です。
 今後TPPに加盟すれば遺伝子組み換え野菜や果物が多く輸入されます。よって今まで以上の監視体制が要求されます。

 私も多少ならず恩恵に与っておりますが、現在の世はパソコン、スマートフォン等携帯通信機器が氾濫しています。携帯通信機器は真に便利ですが、一面行き過ぎて新たなる犯罪を生み出しています。または機能一辺倒で、古来日本人が持つ情緒や風情を失なわせ、ギスギスした社会の状況を生み出している要因は携帯通信機器の氾濫にあるのではないかと感じられてなりません。
 
 眼を隣国に転じますと、朝鮮半島では北朝鮮の核ミサイルの脅威、南北双方の戦争突入の緊張感は増すばかりです。
 中国の尖閣諸島領海侵犯問題。政治体制と経済体制が矛盾して貧富の差が大きすぎる中国は、客観的に見て遠からず崩壊することが予想されます。しかし中国現政権は国を崩壊させまいとして国家維持の標的として反日を前面に押し出してくるでしょう。
 現在中国の教育現場では日本の侵略、南京虐殺事件(事実は異なるが)は徹底的に教え込むが、毛沢東の文化大革命と紅衛兵の問題について、さらに天安門事件等、自国の恥部は全く教えてはいない様です。
 「鬼畜米英」「米英恐れるに足りず」と言ったかっての戦前日本に非常似た状況が作り出されています。危険です。

 しかし皆さん、戦争を起こすも回避するも、食の安全も、医療の前進も、さらに教育の向上も地球上で見えるもの、手にするもの全ての解決は政治にしかありません。
 
 “政治に関心を持ちましょう”“政治活動に参加しましょう”“選挙には必ず投票に行きましょう”と私は自分の政治報告会で常に訴えて来ましたし、私の目標とする政治活動のスローガンです。

 私たちの上越市、新潟県、そして日本国の明るい社会と不安の無い世相は、国民住民の結束と努力と代償を求めない奉仕の心が有ってこそ成り立つものと確信します。
 
 ゴールデンウィークに当り、あらためて感じる今日この頃です。

2013-04-23 08:43:04.0 2核1モールの完成と市内中心部の活性化


旧大和跡地に3月28日、そして旧長崎屋跡地に4月12日、それぞれショッピングモールがオープンしました。関係各位の努力に心から敬意を払い、また高田中心部が再び活気に満ちあふれることを願うものであります。

 この事業は国の“中心市街地活性化法”に基づき、32億円の税金を投入し、上越市も“あすとぴあ高田”の5階部分を4億円で買い取り、“ミューゼ雪小町文化交流施設”として開設し年間1951万円の維持費で運営します。議会はこの文化交流施設の維持管理運営が適正に行われているのか厳しくチェックし、不備があれば適時改善指導を行っていくつもりであります。

 かつて同様な施設として“旧雁木通り美術館”がありましたが、市街中心部活性化に殆ど効果がありませんでした。原因の一つとして所長を始めとする管理責任者が行政側の都合で猫の目の様に変わり、サービス業としての経験も意欲もない役人が腰かけ程度にいる為、集客努力をせず、赤字になっても市民の税金を投入してとりあえず運営しておけばいいという考えが連綿と続いていました。この雁木通り美術館に限らず、上越地域には同じような感覚で建設された施設がたくさんあり、残念ながらその殆どが赤字であります。そしてその赤字補填が市民の税金でずっとなされています。銀行も「市民の税金が担保だからいくら貸しても焦げ付く事はないから大丈夫」という事で殆ど無尽蔵に融資を行っています。民間ではこんな事は許されません。一例で言えば株式会社において赤字が続けば経営陣は株主総会でその責任を糾弾され、地位を追われます。場合によっては背任等で刑事罰も科せられます。私はこれらの施設には民間経営に長けた人物を迎えて民間の発想で行わなければならないと考えています。

 “自分の財布で勝負を”しない役人を責任者に据えていれば数年を経ずして他の施設と同様の運命を辿る可能性は大きいです。議会も厳しい目を向けていますが、やはり民間経営者の知恵と経験を入れる必要があると思います。公共福祉サービスはある程度の採算を度外視する事は必要ですが、根本的に利益を出すという仕事に役人は不向きです。

 本町通りの2核1モールの新しい建物が本町通りに活気を取り戻す起爆剤になってほしいと思います。高田中心部は400年前の高田開府の街並みを守っている歴史ある街並みですが、一方で車社会に対応していないという面を持っています。郊外のショッピングモールにどうやって対抗するのか?中心部の方々(特に若手の方々)の結束と努力に期待しています。


大和上越店跡に「イレブンプラザ」がオープン
http://www.joetsutj.com/archives/52024785.html
再開発ビル「あすとぴあ高田」が本町にオープン
http://www.joetsutj.com/archives/52027296.html

2013-04-10 08:28:08.0 納谷幸喜君(大鵬関)と私の思い出

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※納谷幸喜君(大鵬関)と私(蔵前国技館 1月場所) 

昭和31年に彼(納谷幸喜君)は相撲取り、私は呼出しとして日本相撲協会に入りました。同期でしかも同じ昭和15年生まれの17歳、青春の真っただ中での出会いでした。彼は当時、蔵前にあった国技館の最上段の鉄骨座席に毎日ポツンと座り、兄弟子の相撲を見ていました。その体は色白で痩せており、ヒョロヒョロの電信柱のようでした。その姿を見て、私は彼が北海道の母親を思い出している様に思えました。

 彼には私の方から話しかけ仲良くなり、アンパンを買って分けて食べ合ったり、海水浴や映画を見たり、地方巡業でも会っては雑談で修行の辛さを紛らわし、束の間のホッとする時間を共有しました。

 当時はまだ、「ハーフ」というという言葉はありませんでした。納谷幸喜君は父がロシア人、母が日本人の混血児でした。父親がロシアの元軍人で、戦時中にソ連のスパイという容疑をかけられ憲兵に連行され、二度と家族の前に姿を見せることなく、戦後、母とともに命からがらサハリンから北海道へ引き揚げてきました。そして北海道での生活でもロシア人との混血児という理由で母方の親戚知人、周囲の人たちからも偏見と差別にあっていたそうです。そして相撲界に入ってもその偏見差別が残っていました。納谷君はそれをバネにして毎日必死に稽古に取り組んでいました。地方巡業では日の昇らぬうちから起床して、稽古とちゃんこ鍋の番、兄弟子の身の回りの世話をする雑用も修行の一環でした。

 彼が十両に昇進した時、“大鵬”という立派な四股名を当時の二所ノ関親方が付けて下さり、持ち前の身体の柔らかさで怪我もなく瞬く間に出世し、「巨人・大鵬・卵焼き」と世に言われ、日本中の子供たちからの憧れの的になり、通算優勝32回という昭和を代表する大横綱になったのは世間で知られる通りです。

 彼はそんな大横綱になっても、若い時の差別や偏見・そして苦労を忘れず、立場の弱い人たちに対して常に気配りの出来る器量人でもありました。私も彼が横綱に出世しても、彼は私との友誼を忘れず、銀座や赤坂の一流店によく連れて行ってもらいました。良き青春時代の思い出でした。

 今年の1月19日に大鵬関が亡くなりました。私が非常に残念なのは、日本国政府が生前に彼に国民栄誉賞を贈る事が出来なかったことであります。松井秀喜氏が30代でそれも生きているうちに贈られると言う事をふと考えると、その理由は前述の偏見と差別が最後まで尾を引いていたのではないかと思うに及んで、非常に悔しい思いを抱きます。

 政治に携わる人間がやってはいけない事は、国民を上から目線で、差別や偏見で見ると言う事です。民主党の3年4カ月のやりようを見ていると、思う節がいたるところにあるように感じました。「差別や偏見も自由のうちだ」という人もいるようですが、それはあってはならないと思います。

 納谷幸喜君こと大鵬関とは同期の仲でもあり、大恩人でもあり、心から彼に対してありがとうと申し上げ、謹んでご冥福を祈る次第であります。