えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2015-04-25 08:11:46.0 市の行政改革案は結局住民負担の悪政にすぎない

 行政改革、行政改革と叫ばれて随分月日が流れています。

住民の多くの方はお役所仕事に対して「あそこが良くなった」「ここが改善された」「市役所の公務員の方々は日々市民に対して一生懸命サービス向上に努力されている」と言う様な声が聞かれません。又、「便利になった」「困っていたことが解決してもらい大変助かった」と言う話もまた聞こえてきません。

 

 逆に行政改革によって施設の統廃合や猫の目のように変わる行政組織や名称、また慣れたと思ったらどんどん変える人事移動、市民も議会もこんな行政には付いて行けません。

 困惑気味ですが、市当局は上から目線で『文句があるのか、下々(しもじも)は決まり事に対して反論するな!お前達は黙って従っていればいいのだ』と言う大昔のお代官が仕切っていた役所と同じ様なやり方です。

 そして、お役人の言葉はオウム返しのように”財政が厳しいから住民は負担しろ、税金や使用料、保険料の値上げは当たり前、それが行政改革である”などとうそぶいているように感じてなりません。

 

 財政が厳しければ厳しい程、お役人や議会が率先して自ら血を流すべきです。

 議員の問題の一つに、政務調査費のいわゆる(差別的)支給問題があります。

 

皆様もご存知のように、政務調査費は会派所属議員は年間60万円支給されています。無所属の石平市議、石田市議、永島の3名は半額の30万円の支給です。それでも十分に政務に関する調査活動を行っています。他の29名の議員となんら遜色のない、見劣りのない議会や政治活動が出来るのです。しかしながら、現状では会派所属と無所属との間には議員1人年間30万円の支給に対する差別的扱いがあります。

 これは『法の下の平等を定めた憲法』に抵触する恐れがあると思いますが、先にも述べた通り、無所属議員の支給額でもしっかりと調査活動できるのですから、まずは議会における行政改革として会派所属議員29人×30万円 年間総額870万円の歳出カットを断行することだと私は考えますが、皆様はどう思いますか?

 

 又、市職員の人件費、ボーナス、退職金、年金なども民間企業で働く人よりはるかに優遇されています。この事についても改革の大鉈を振るうことが、不可避であると思います。

行政改革の断行は行政内部の根本部分を直し、住民に手本を見せてからであり、住民の納得と協力が必要不可欠です。言葉や文字、紙の中と机の上だけでなく、具体的に役所の雰囲気が変わったと言われるぐらいにならなければならないと思います。

 

 ”スピード、優しさ、思いやり、親切、丁寧さを持って住民に接するサービス業である”と言う認識を公務員教育の中で徹底することこそが行政改革の一番やるべきことだと思います。役所の上から目線で住民を見る感覚だけは一日も早く改めるべきであり、何事ももっと公開し、説明も意味の分からない様なお役所言葉をやめ、一般社会でもわかる文言を使うべきです。

 こういう事がまず最初にやるべきお金に関わらない当たり前の行政改革なのです。住民だけに苦痛を押し付ける行政改革に私は反対です。

 さて、市民の皆様は市の行政改革案をどう受け止めますか?

 

2015-04-13 11:26:59.0 選挙権を放棄してしまうことは、政治に対し白紙委任状を差し出すのと同じこと

 県議選が終わりました。6陣営の候補の皆様、運動員・選対役員の皆様、候補者家族の皆様、大変お疲れ様でした。そのご苦労に心より敬意を表します。そして自分の大切な一票を真面目に行使し、投票場に足を運んでくださった74,146人の有権者の皆様の良識と愛郷の気持ちに胸を熱くする想いです。

 

投票率も当選順位も私の予想通りの結果でした。選挙における票数の表れは民の声です。そして天の声、神の声であるのです。それだけに選ばれた政治家の責任の重さは聖職者そのものです。

 

 市会議員、市長、県会議員、知事、国会議員と云う座は、数万人と云う有権者が尊い権利を投じられて与えられた議席であります。それ故に選ばれた議員はその地位に伴う権力や税金の運用など厖大な仕事を遂行して行く能力を必要とされます。その上、議員は当選したその日から有権者と世論の厳しく激しい批評批判を覚悟していただきたいと思います。

 

 それにしてもこの低い投票率はどう云うことでしょう。自分に与えられた尊い権利をいとも簡単に、無責任に放棄した50%以上の市民の方々に申し上げたい。

 選挙権を放棄した人たちに政治や政治家を批判する権利は有りません。なぜなら選挙で投票しないと云うことは政治に対し白紙委任状を差し出して「好きにやってくれ」と言っているのと同じことなのです。ましてや投票に行かない自由など有り得ません。

 故郷を愛する心や国を愛する心を失っている人達が多くなって来ていて、自分さえ良ければ良いというエゴ社会が拡散して来ています。これは絶対阻止しなければなりません。

 

 今回の上越市選挙区で、『情』を大切にし、力を合わせ、票の取り込みに一番、一生懸命に運動した人達の集まりが、トップ当選の栄光を勝ち取った『楡井辰雄陣営』です。

 

 選挙の結果は「政策に共感して投票した」という事だけでは決まりません。その大半は人間と人間の深い係わりの中で通じ合う『情』が左右しています。郡部の候補者とその陣営は、都市部に比べて絶対的に有権者数が少ない分、懸命な努力と情熱で訴えます。その結果が人の感情を掴み、数に表れるのです。それが選挙です

 選挙に偶然の勝利は存在しません。努力と知恵と汗と真心を出し切ったところに女神が微笑むのです。

 

 自分が、家族が住んでいるこのまちが発展して行くのか、衰退して行くのか、貴方の一票にかかっているのです。上越市を大切な権利を放棄するような人の多いまちにしてはならないと思います。

 皆様は昨今の現状をどうお考えでしょうか?

 

 

 

2015-04-06 22:23:27.0 『県議会選挙の投票率が見ものだ!』

 選挙こそ市民、国民が主役である。

 政治を司る人間が頭を下げお願いします。「(票を)入れてください。」「名前を書いてください。」「私はこの仕事をやります。」「貴方様やこの町の、この国の役に立つ人間になりますから選んでください。」と言って、9日間声を枯らし、演説や電話やポスターで訴えるのが選挙です。

 ある面、選挙は血を流さない戦争と同じです。勝つか負けるか、当人や支援する母体は、お金を使い、知恵を使い、あらゆる人脈を頼って票集めの算段をします。

 そして選挙事務所と当人は火事場や葬儀、結婚式はたまた、盆暮れ正月を一緒にやっている程忙しく人を集め、目的を達成するために身も心もボロボロになってもなお、中山間地の家々や町の中を駆け巡り、這いずり回りながらこの現代の戦場で戦います。

 そしてその結果、有権者の皆様からの信任を得られれば、やっとその椅子に付けるという過酷な職業が、議員なのです。

 このことはある面、政治を行う人間の「試練」であり「禊」とも言えると思います。さらに「修養」でもあるのではないでしょうか。

 

さて、「町を良くしたい」「県を良くしたい」「国を良くしたい」などの政策を有権者に訴えますが、政治の主人公である当の有権者は、政治や選挙に関心が無く、投票場に行かない人が増え、どの選挙でも投票率がどんどん下落しています。

 人口が減り町や国が寂れようが、犯罪が増え、税金が無駄に使われようが、災害や国の安全のことや経済のことや年金・教育・道路や橋染のことでも「自分には関係無い」「選挙や政治は嫌いだ」と言う人が増えている現実には、非常に背筋に寒気を感じるのは私だけでしょうか。 こんな状態ではこの町やこの県、この国の将来はとても楽観視 出来ません。

 

将来起こりうる智力・財力・体力・情報力・技術力等の低下やリーダー不足、エネルギー不足、労働力不足などあらゆるネガティブな状況を見据えた計画の設計図を、政治家が官僚を使い常に危機意識を持って準備しておく仕事こそ政治の役割です。そして、そう言う仕事を託す人材を選ぶのが選挙なのです。

 

この大事で価値のある政治を反日日本人と心無いマスコミはお笑いの種にしたり、真実を曲げて報道し、益々この国や地方に何の役にも立たない内容の記事ばかりを垂れ流しています。それらの有害な記事・情報の氾濫が市民・国民の政治への不信、選挙への無関心、不協力の原因の一つになっていると思います。

 

鶏が先か卵が先かの議論がありますが、選挙の投票率の行方は、その町、県、国の行く末を決める判断の重要なバロメータになると思います。

 選挙によって魔物かそれとも慈悲深い菩薩のどちらを選ぶかは、賢い有権者・主人公である皆様ご自身です。

是非、視野の狭い小さなしがらみでなく、大局に立ってしっかりと見て聞いて選びましょう。とにかく声を掛け合って投票に行きましょう。