えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2015-11-29 01:04:06.0 『街の活性化は攻撃的な発想のみである』

 高田・直江津の商店街の衰退、落ち込みは、北陸新幹線開業による波及効果の期待と希望が反映された状況にはまったくなっておりません。 

その原因は内的・外的に色々あるとは思いますが歴史的にみれば、1974年に施行された「大店法」、その後アメリカからの圧力により日本政府が1998年に施行した(一部、大店立地法は2000年)「まちづくり3法」の影響により、全国の地方都市の商店街は軒並みシャッター通りになってしまいました。 

 

これらの外的な要因もありますが、私は何と言っても内的な要因の部分が非常に重要だと思っています。

 それは、商店街の商店主がこれまでの待っていてもお客様が来ていた時代の感覚が今だに頭にあり、「待ちの商法」を続けてきたということです。

そしてそのことに、小売業の旦那方は満足し、安閑として街の名士として君臨し、色々な肩書を付けて自己満足とその地位に陶酔していたのです。

 

しかし、この「待ちの商法」ではまったく進歩もなく、衰退するのはむしろ当たり前です。待っているだけで売上が上がる程、こんな楽でうまい商売は世の中そうそうありません。

 商売をする上で必要な市場調査や情報収集、今後の将来を見据えた投資や分配、また後継者を育てるための教育やシステム作りなど、やってしかるべき事をやらないできたのです。

 このように時代の変化にも対応する努力や研究、商人同志のコミュニケーション不足、さらに何より政治力を軽視し、政治と選挙を傍観した結果、行政の支援もあまり得られずシャッター街化に拍車をかけてしまっているのが全国の商店街の今の姿です。

 

私は常に街中程、今一度活性化し「街中文化」を高めるべきである主張しています。

 そのためにはまず、商店主の考え方を改めるべきです。待っていれば客がお金を持ってくるという発想は今や通用しない事を認識し、捨て去るべきです。

 そして常にイベントを開催し、様々な企画やアイディアを出し、色々な団体、特に若い人達の発想を取り入れ、さらに全国的な楽しく、元気な、面白い企画力のある会社、団体とコラボして全国一の斬新なイベントを開催する。

 

中心商店街をその地域の看板にできるよう、常に改革する先導的役割を担う商店主集団になってほしいと思います。

 これらの努力がイベントに生かされていけば、必ずや全国から人の集まる街づくりが実現されて行くと思います。

 酒祭り、ガクトさんの謙信公祭だけでなく、四季折々の企画で数多くのイベントを開催する上越市を是非とも創っていくべきです。

 皆さんは、どのようにお考えになりますか?

 

2015-11-20 09:17:48.0 猛烈なスピードで進む町内会の崩壊、でも誰も言えない手も出せない

一番身近で大切なものは家庭、そして家族です。その次にその家庭・家族と重要なかかわり合いを持っている身近な地域コミュニティである町内会が昨今結束力を失い崩壊しつつあります。個人個人が地域の輪の中に入り、周囲の人と手を携え協力しながら「和」を尊んできた日本人の伝統と誇りが戦後教育の最大の欠点でもある利己主義の助長を促した結果のために失われつつあります。“当たり前の事”を果たさないで個人の権利ばかり主張する人々が大勢を占めるようになりました。今町内会が一番悩んでいる事は町内会長を始めとする役員へのなり手がない事です。多くの町内会ではリーダー不在で全ての行事がマンネリ化して改革もできず旧態依然のままの事をやっているだけであり、その結果年々参加者が減少しますます活性化が出来ないと言う悪循環になっています。

 

 また参加者の減少は青年会・婦人会・老人会にも影響を与え、これらの会を解散せざるを得なくなった町内会も多くあります。かつては新年会・運動会・納涼会・秋祭り・忘年会等々が活発に行われ、お知らせを一枚回覧板で回せば後は何もしなくても自然と参加者が集まり盛況に行われていたこれらの行事も今では開催する事さえ困難な時代になってしまいました。“事なかれ主義”が原因なのもありますが、世代間の考え方の相違からその町内を出て他の新興住宅地へ引っ越してしまう家庭もあります。

 

 そして町内会の衰退は即ち地域の衰退にも直結します。町内に空き家・空き地が増え、商店街も空き店舗が増えシャッター通りが増え、棲んでいる人は高齢者ばかりで人と人とのふれあいがどんどん消えて行っています。このさびしい状態が分かっていても誰も手を付けられません。何か口を開けば「個人の自由だから」で片付けられてしまい、益々寂れた地域社会を形成していく事になります。

 このような地域・家庭の姿が国の姿です。乾いて殺伐とした現代社会をもう一度人が人を信じあえる潤いの心を取り戻し今は懐かしい昭和30年代40年代の人間関係の時代の文化・習慣を見直す時期ではないでしょうか。ただの懐古主義ではありません。”温故知新”の言葉通り”故(ふる)きを温めて新しきを知る”事が大切です。今の時代に会った人間関係や地域社会との信頼の構築が大切です。

2015-11-14 10:32:44.0 旧高田・旧直江津地区の衰退の原因と対策

 旧高田と旧直江津が合併してから44年、近隣の町村との合併から10年が過ぎました。今日振り返って見て、発展し「良くなったなー」と形で表れているところは、私の見る限り、『リージョンプラザ』から『かに池交差点』の周辺だけであり、そのほかで「良くなった」と思えるところは目には浮かびません。

昨今の現実は良くなるどころか、あれほど賑わい楽しく活気のあった両市の中心街は“シャッター街”と揶揄されるほどに衰退しています。

 

 当時から一家に一台のマイカー時代の到来に、言葉では「近代化、近代化」と呪文のように唱えられていました。しかし、話が道路拡張、駐車場整備等の各論に入ると、行政も地元住人も大同に付くことなく、地権者エゴなど、小異の悶着で計画はとん挫の連続でした。その結果、400年前から変わらない、現代の車社会に対応しない街並みが続き、今日の衰退を招いているのです。

 

その原因に私は「まちの顔たる中心街の衰退に危機感を持ち、警鐘を乱打する人物(リーダー)が不在であった」ということをまず第一に挙げます。それに反対意見を恐れ、何もやらない事なかれ主義、行政と地域住民との意思疎通不足が今日の衰退を招いていると思います。

 

  例えば、上越市にも『都市計画審議会』なるものが有りますが、その実態は全く当たらず障らずの形式審議会であり、本当に大局的観点から、将来を予想できる人達が審議しているとは思えません。その人選も「なんでこの人なんだろう?」と思える人がいます。今現在審議している内容とはまるで関係ない肩書の人、専門外の学識経験者、〇〇団体、組織の代表者等々。その人達が決定して、市長与党が多い議会において賛成多数でその審議会案を通します。その結果この町をシャッター街にしてしまっていると言えるのです。

 都市計画を効率的に運用して行くためには、現場を良く知っている政治家(首長・議員)を審議会に入れるべきと考えます。

 

 一つの提案として(ものすごく多くの反対意見が有ると思いますが)、まちの利便性の良い処に学校があります。しかし少子化で修学人数の減少した学校同士を統合し、出来た空地を活用し、現代の車社会に対応した活気あるまちづくりをして行くことを考えたらどうでしょうか。

まちの中心部には強力な地主の土地が有り、行政としても計画を遂行して行くにやりにくい事ではあるとは思いますが、まち全体がどんどん衰退してすれば地代も下落し、地主も困ってしまうことになってしまうと思うのです。

 

やはりまちの中心部に役所、商店街、公共の集会場、市場、公園、美術館などの、人が集まる物を作ることが都市計画の基本であり、時代が代ろうとも都市としての将来設計の基本であると思います。

 

 今一度、100年先の直江津、高田の将来像を見据えた都市計画を作るべきだと思います。さもないと、このままでは見る影もないまちになてしまう恐れが十分にあると憂慮しています。