えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2016/04/06 18:50 本物のプロスポーツ界の人間性とは何か

最近のプロスポーツ選手がファンを失望させる行為や事件が目立ちます。プロのスポーツは憧れの世界であり青少年たちの夢の目標でもある職業です。それだけにその世界にいる選手の行為や発言は社会に大きな影響を与えるのですが、その自覚と責任感が欠如していると言わざるを得ません。プロの選手と言うものはイチロー選手に代表されるように常に高い目標を持ち、それに近づくための徹底した自己管理を維持できる人とそうでない人とははっきりと差が現れるものです。自己管理ができず、才能だけで渡り歩いてきたプロ選手が引退後、自己管理ができず、何十億と稼いだはずなのに素性のよくない人間と交わり散財してしまい挙句の果ては薬や犯罪行為に手を染めるなど、そのプロ選手に憧れた人々を裏切ってしまう事件もありました。

 私は相撲の世界にいたこともありますので、昨今の横綱白鵬関の相撲は横綱の取る相撲ではありません。堂々と相手の相撲を受け止め、圧倒的な力で勝利するのが横綱の相撲です。ただ勝てばよいと言うのは相撲ではありません。気高い精神性と品格が求められるのが相撲であります。

 武道の世界では一瞬の気の緩みが勝敗を決します。その緩みを少しでもなくすために稽古をします。練習と混同されがちですが、稽古というのは精神力・忍耐力も鍛えるもので練習よりも遥かに厳しいものです。

 私は人間というのは生涯稽古を積み重ねていくものだと思っています。自らを律していく修行であると思っています。

 他人に厳しさを求めるのであれば自らがそれ以上に厳しく、自分に克って生涯をすごしたく考えています。

 プロ選手の皆さんは国民の期待を裏切らず、尊敬され続け、子供たちの手本になって頂きたく思っています。

2016/04/06 18:00 うっかり一票、ガッカリ四年間にしないでください

民主主義の最大の長所は国民ひとりひとりが自らの考えで投票ができる選挙制度です。民主主義の総本山とも言うべきアメリカでは今大統領選挙が佳境に入ってきており、各政党の候補者の動静が毎日のようにわれわれに届きます。日本では7月に参議院選挙があり、衆議院もそれにあわせて解散し、ダブル選挙が行われると世間では言われています。そして今回の選挙では共産党まで含めた野党連合と称して野党候補の一本化を図る動きも見られます。

 上越市では市会議員選挙が4月17日告示、24日に投開票日があり、秋には新潟県知事選挙も控え、今年は選挙の一年となりそうです。しかしながら有権者である国民がこの大事な行事を真剣に受け止めているかが非常に問題です。「政治は国民のレベル以上にはならない」という格言もあります。いい加減な気持ちで一票を投じれば結局その程度のレベルの人しか選ばれず、結果として「こんなはずじゃなかった」と言うことになってしまいます。

 責任を取らないメディア、評論家、ジャーナリストの意見だけを鵜呑みにして選んでいるようではいつまでたっても国や地方はよくなりません。

 国レベルと地方レベルでやるべきことも違います。国家レベルのことを地方に求めること、そしてその逆も筋が違います。有権者は冷静な判断が求められているのです。

 有権者は常に勉強し、見識を深め、巧言に惑わされず、的確な判断をしなければなりません。民主主義における選挙権は大事な権利です。選挙権が一部のエリートにしか与えられない独裁国も存在しているのです。それに比べれば日本は少なくとも健全な民主主義が機能しています。共産党が「民主主義を守れ!」などと声高に叫んでいますが、共産主義の掲げるところは民主主義とは真逆の恐怖政治を目指しているのです。惑わされてはなりません。

 選挙の投票には必ず行きましょう。

2016/04/03 00:10 『本当の愛情の豊かさ、女性の素晴らしさ!』

 

 NHKの朝ドラ「あさが来た」が終わりました。 たいへん視聴率が高かったそうです。   

 幕末から明治という日本の黎明期を舞台にした、ちょうど我が国に「あさが来た」時代の物語でした。

 

 大豪商、三井家の生まれで大阪の資産家の両替屋に嫁いだ主人公が、世相が混迷し先が見えない時代に類い稀な才能で先を読み、古い体質の両替屋を銀行に移行しました。 また九州の炭鉱を女だてらに経営し、さらに生命保険業の創設や新しい時代の女性の地位向上のため、日本初の「日本女子大学」の設立に奔走したりと、まさに時代の寵児という名に相応しい活躍をしました。 

 しかし、すべてが順風だった訳ではありませんでした。 襲い来る波瀾と苦難の連続の中で多くの人との出会いと別れがあり、喜びや悲しみもまた多くありました。

 

 私は、「現代の女性」と「昔の女性」の違いを物凄く感じました。

 主人公の広岡浅子さんが生まれた150年前の日本の女性は、一旦嫁いだらその家の商売や家族を守るために自分が犠牲になり、どんなに辛くとも耐え忍ぶというのが当たり前でした。 この時代は女性であっても、そんな気丈さと覚悟がしっかりと出来ていたのです。

 そのような女性たちが母親になり、心が広く豊かな愛情ですべてを包み込んで産み育てたからこそ、明治、大正、昭和初期まで気骨のある人間がたくさん世の中に出たのです。まさに大地のようなあるいは太陽のような女性が本当に多かったからではないでしょうか?

 

 世の中は母がいてすべてが生まれ育つのですが、しかし今は自分の快楽、享楽のために子供を殺害したり、虐待する母親が悲しいかな非常に増えてきています。   

 悪い女性ばかりではありませんが、例えば近年、相撲部屋で強い日本人力士が生まれないのは親方より母親替わりの女将さんが、弟子たちに「愛情」が無いからなのです。

 地域においても女性が結束力がなくなり、何事にも進んで人様のため、地域のためと他人にも施す母なる豊かな愛情の気持ちが薄れきております。 その結果、義理も人情もない殺伐とした社会状況になってきています。

 

 今回のNHKの「あさが来た」では、もう一度、昔の女性の生き方、素晴らしさというものを作者は訴えたかったのだろうと、見終わって私は感じました。

 このテレビを観て多くの日本人は、何をどう感じたのかと思わずにはいられません。

 昔あった町内の婦人会は少なくなっています。 家庭も地域もこの町も女性の方々の力が今こそ必要なのです!