えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2017-10-30 20:07:56.0 教育勅語を忘れて育った時代

 今現在、一番の難題は正しい事を伝え、教える事である。自分の分身とも言える子供を、責任を持って正しく教え育てている親がどれだけいるのか、調査してみたいと思います。

 親子、夫婦、兄弟姉妹が、まず一番近い人間関係です。その次が子供時代から学校にて、先生、同級生、先輩後輩との人間関係を体験し、卒業してから会社、職場の中で人間関係が生まれていき、大人としての社会との関わりの中で定年近くまで過ごすと、近所、地域と言う人間関係がまた表れて来ます。この私達が生きている社会において、まず一番の人間としての基本は、やはり幼稚園頃からの人間形成から始まります。

 子供は全く純真です。真っ白ですから何色にも染まります。またどんどん色々な事を吸収する時期ですから、家庭環境、親の影響を大いに受けます。その環境の中で、肉親家族から社会のルール、常識の基本が積み重なってくる時期です。子供の教育は、やはり親の責任として、躾だけは厳しく、礼儀から心、精神的な強さ、社会のルールなど、親や年上の者が、まずお手本として示すべきです。全ての生き物は、親の愛情を一身に受けながら、生命を全うしますが、幼少時代の家庭環境は子供が選べないですから、いかに強く、正しく生きるかを、親や年上が教えるべきだと思います。

 近頃の世の中は、あまりにも情報が過剰で複雑ですが、一昔前を振り返り、先人達の知恵、やり方を学べば良いと思います。新しい物が全て一番ではありません。世の中、変革も大事ですが、変えて良くなる物と、変えてはいけない物があると思います。昭和23年に廃止した教育勅語を、私は復活すべきであると思います。日本の一流企業でも不祥事ばかり、いかに基本的な精神教育が失われているかが表れた国になっています。益々弱弱しく、情けなく阿呆になって行くこの国、どうなるのか、心が痛みます。

2017-10-28 08:11:00.0 ♢ 止まらない上越市の保守自由民主党の弱体化 ♢

 

上越市は何故こんなに保守政治派が弱体したのでしょうか! 

 

   戦後昭和時代は、田中彰治・塚田十一郎・大竹太郎・高鳥 修・白川勝彦氏らの保守国会議員が、切磋琢磨の保守同志でも、それぞれの支援者も高度成長期の中で互いに名誉をかけ、革新に負けまいと激しい闘争を続けて来ましたが、昨年の参議院選と県知事選挙に共産党・自由党・旧新進党などが手を組んだ、保守系候補への厳しい攻撃にさらされ8,000票近くの大差で、保守自由民主党が支援する候補者が2度も敗北、今回も高鳥さんは糸魚川・十日町・津南町の票があったからギリギリで当選出来たものの、高鳥修一さんが現在住宅がある上越市で保守系候補が3回も破れている。

   情けなさに心の中に空洞が出来、万歳や良かった良かった、めでたいなどと言う場面も見たくい・・!  その様な事で開票場には行きませんでした。

 

   いくら時代が変わっても人間には歴史や伝統愛護、愛国の情は不変だと思っておりますが、欧米の軽々しい上澄だけの民主主義の言葉に乗じ、大和魂を失った戦後の日本人はこの地方の上越市民でも、祝日に国旗を自宅に掲げもせず母国の伝統や文化に誇りも感じず、国防の拠点の一つ自衛隊高田駐屯地のある上越市が、自衛隊を違憲と叫び続ける共産党と手を握った人が、もう少しの票で国会議員や市長に当選していれば上越市は得をするのでしょうか?。 

 

 国政は安倍総理がリーダの保守自由民主党の与党勢力に常に反対し、批判と悪口だけの野党側を選ぶ上越市の市民の政治の考え方・捕え方が不思議でなりません。

 

それと先回も述べた様に、保守主義母体の自由民主党の幹部のふがいもなく3回目も総括もせず反省もせずの、相変わらずの同じ方法で選挙をやっています。これではこのまま完全に上越市は、革新左翼指導の街になるでしょう。 それも市民の選択ですね。    では又、

 

2017-10-26 07:43:32.0 ♢ 真から万歳が出来ません! 又も上越市、3度も保守は負けました! ♢

 

    今回の選挙は、第48回衆院選挙と上越市の市長選挙のW選挙でしたが、私の予想通りの結果でした。

 

  上越地域の国政選挙は参議院・知事選の保守の2連敗、二度ある事は三度ある! 上越市全体では無所属の梅谷氏が7.565票の差で勝ち、再び、自由民主党.高鳥陣営はこれで3回もノックアウトされているのに、勝利の万歳やおめでとうございますなどと、ニコニコと笑っている人間が新聞に出ていましたが、私は上越市の左翼・共産党が再び手を組んだ、無所属の梅谷氏と市長候補の中川氏の票が延び、高鳥陣営と村山陣営が苦戦、ひょっとしたら落選すると最後まで危機感が抜けず、投票日までお願いの電話を自宅で掛けまくり、疲れとストレスで開票のセレモニーを行う会場へ行く気もしませんでした。

 

   自分なりにやるだけやりきった!  この上越市の保守陣営の弱体化の分折を考えると、2回の敗戦を一度も総括と反省もせず、役員は一切責任を取らず「厚顔無恥」あきれて開いた口が閉まらない程でした。   国政選挙は9万・10万票を取る、激しい総選挙と言われるぐらい、県会議員や首長選挙と戦い方が違うのに、又、世の中の態勢が変化しているのに相変わらず、長老や業界の名士 ・町内会長・各種団体、業界も必要ですが頼りすぎると大きな墓穴となります、経験が無いと選挙民の心を引き付けるものとは逆の結果がでるのです。

 

   選挙は変えて良いものと、絶対に変えてはならないの方程式があります、私は40年間、国政選挙に深く携わ って来ましたが、無名の若い30代の青年だった地盤も無し、カバン・看板も無しの白川勝彦氏と20年間選挙に明け暮れ、総選挙の難しさ恐ろしさ、どうすれば勝てるのかを考え、日々に常在戦場の毎日それが生きる迫力・気力が強い精神力の源だと思っています。政治は常に厳しい戦いです。 それでは又、